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腕のしびれで、いつの間にか眠ってしまったことに気づいた。
ほの暗い教室。
理科実験室の冷たい机の上に、腕を枕に頭を預けてた。
「…………うーん……何時だろ…」
上半身を起こし後ろを振り返ると、壁に掛かった時計に目をやる。
19時
「…………まだ部活終わらないのかな」
高校生活、最後の夏休み。残り僅かで終わりを迎える部活の為に、僕たちは毎日学校に通っていた。
いつも、僕の方が早く終わる部活。
ここで、彼が吹くサックスの音を聴きながら勉強をして待つのが僕の日課だった。
でも……それも今日で終わり。
黒板には、夏の合宿の反省。天文部の最後の行事を先週終わらせた僕が、もうこの部屋に訪れる事はないだろう。
そして彼も、一昨日終わった大会で、残念ながら引退が決まった。
冷たい机に腕を伸ばし、頭を乗せるともう一度目を閉じる。
想い出が詰まったこの部屋で、ふと今までの事が頭を過る。
彼と出会った桜の季節。屋上に横たわり2人で見上げた星空。身体を熱くした公園のベンチ。夕陽が染めた観覧車のキス。
一生の間で、こんなに濃い時間を過ごすことが、これからあるだろうか………
刻々と迫る卒業までのタイムリミット。
彼が都会の大学を密かに目指してることを、僕は知っている。
そして、それを僕に言えずにいることも……
偶然聞いた担任との会話の事は、大会が終わるまで聞かずにいようと決めた。
「……居なくなるの?」
泣かずに聞けるかな………
目尻に溜まっていく水分を、振り払うように目をぎゅっと瞑ると、部屋の扉が開く音がした。
ゆっくり近づく足音。
隣の椅子を引く音。
顔に掛かった髪を、優しく耳にかけられて、我慢していた涙が頬を伝わった。
「………一緒に行かないか?」
思ってもみなかった言葉を投げ掛けられ、身体が固まる。
「………離れたくないんだ」
その言葉に目を開けると、同じように机に頭を乗せる彼がいた。
さっきより暗さを増した教室。
灯りは直ぐ隣のグラウンドの照明だけ。
僕と同じように泣きそうな顔で、僕の涙を拭う彼。
「……僕が知ってるって、知ってたの?」
「……うん……時々、泣きそうな顔隠してるから。先生との話……聞いてたんだろう?」
「………」
「………同じ大学に行かないか?」
「……受かるか分からない」
「……お前の方が頭がいいのに?」
優しく微笑んだ彼の手が、僕の髪に触れる。
「……一緒に行ってもいいの?」
「一緒に行きたい。2人でこの町を出て、同じ大学に通って……そして……一緒に暮らそう」
彼の言葉に止まっていた涙が溢れ出す。
さっきまで、2人の日々は、この学校で終わってしまうのだと思っていた。制服を脱げば、それぞれの新しい生活が始まるのだと。
「……僕…進路用紙……書き直さなくちゃ」
その一言に、起き上がった彼が僕の腕を引いた。抱き締められ互いの首筋に顔を埋める。
「………ずっと一緒だ」
夏の終わりを告げる花火の音が遠くに聞こえる。
「……勉強しなきゃ」
「……うん」
「……親も説得しなきゃ」
「……うん」
「……好きだよ」
「…うん………僕も…」
高校生活、最後の夏が終わりを告げようとしている。
二人で歩く未来を約束して……
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