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「はい、これひとくちあげるから」 彼女の前からすーっと移動してきたグラスが止まって、視線を上げると 「ひとくちもらってもいい?」 なんて訊いてくる。 こっちの了解なんて得ずとも奪うのかと思いきや確認するタイプだから、いつも頷く他なくなる。 拒否しないに決まってる、とか本当は思ってるんだろうなぁ、なんて思うと悔しいような気もしたけれど、実際ダメだなんて言えたことはないのだから仕方ない。 「どうぞ」 「やった」 結局、いちいち嬉しそうに笑うところとか、一応許可を得ようとするところとか、一言多いところとか、気ままだったり従順だったりするところとか、全部嫌いじゃない。 「ではいただきます」 彼女は恭しく頭を下げた。 見ているとなんだか面白いところも好きだ。 グラスをそっと掴んで反対の手でストローを摘んだ彼女が、そのストローの先を口に咥えた。 柔らかそうだな、と彼女の唇を見ながら思った。 だけど、実際柔らかなことを、俺はもう知っている。 彼女と初めてキスをしたのは、一年生の期末テスト前だった。 彼女の部屋で一緒に勉強していたのだが、そういうのは初めてだったし結構緊張していた。それで、ちょっと休憩しよう、なんてベッドを背もたれに二人並んで座ったら、いつの間にかそういう雰囲気になって——。 今でも昨日のことのように鮮明に思い出せるのは、一人の夜に時々こっそり記憶の中から取り出して眺めているせいかもしれない。もしかしたら彼女も同じように思い出したりしてるかも、なんて思いながら。
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