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村に明かりが灯り始める。
それぞれの家から白い湯毛が上がる。
きっと、夕餉の準備をしているのだろう。
贄の儀式が明後日に迫るというのに、村は何も変わらない。
一人の娘の存在が村から消えるというのに。
何年も続く犠牲に、村民の感覚は鈍っている。
当たり前のことだと、仕方ないのだと、贄に選ばれるのは名誉なことなのだからと、大人のみならず、子供もそう口にする。
そうして、明日も、明後日も変わらぬ日を過ごすのだろう。
贄の存在は、彼らの記憶から呆気なく消える。
まるで最初からいなかったかのように。
予想通りに背後から足音が近付いてくる。
チュセは立ち止まり、振り向いた。
くせ毛を乱したカイザスが、息を切らして立っていた。
「チュセ、今夜も…」
「行かないわ」
キッパリと言い切ったチュセに、カイザスが目を見開く。
「儀式は明日よ。水守も早朝から準備があるはずよ。それに、贄を乗せる筏を作らなくちゃならないんでしょ。カイザスが早々に帰ってしまったからまだ完成してないって、ジョセフから愚痴を聞かされたわ」
「…一刻もあれば完成する」
「だとしても行かないわ」
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