おしまい

6/7
前へ
/94ページ
次へ
村に明かりが灯り始める。 それぞれの家から白い湯毛が上がる。 きっと、夕餉の準備をしているのだろう。 贄の儀式が明後日に迫るというのに、村は何も変わらない。 一人の娘の存在が村から消えるというのに。 何年も続く犠牲に、村民の感覚は鈍っている。 当たり前のことだと、仕方ないのだと、贄に選ばれるのは名誉なことなのだからと、大人のみならず、子供もそう口にする。 そうして、明日も、明後日も変わらぬ日を過ごすのだろう。 贄の存在は、彼らの記憶から呆気なく消える。 まるで最初からいなかったかのように。 予想通りに背後から足音が近付いてくる。 チュセは立ち止まり、振り向いた。 くせ毛を乱したカイザスが、息を切らして立っていた。 「チュセ、今夜も…」 「行かないわ」 キッパリと言い切ったチュセに、カイザスが目を見開く。 「儀式は明日よ。水守も早朝から準備があるはずよ。それに、贄を乗せる筏を作らなくちゃならないんでしょ。カイザスが早々に帰ってしまったからまだ完成してないって、ジョセフから愚痴を聞かされたわ」 「…一刻もあれば完成する」 「だとしても行かないわ」
/94ページ

最初のコメントを投稿しよう!

61人が本棚に入れています
本棚に追加