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チュセは、そっとカイザスから体を離し、力を失ったその腕を取る。
「舟に乗せて、カイザス」
「いや…だ」
「私の知っていることは全部話すわ。それで、カイザスに頼みたいことがある」
顔を歪める大好きな幼なじみの頬に手を伸ばす。
「お願い。カイザスにしか頼めないの」
舟は湖を静かに進んでいく。
雨の粒を受け、細かい波紋を作る湖面をかき分けていく。
カイザスは憔悴した様子で、それでもチュセの望みに従いオールを漕ぐ。
捲りあげたシャツから除く、その逞しい筋肉の躍動を眩しく見つめながら、チュセは話し始めた。
「あの日、水底に沈んだ私は水龍様に会ったの」
それは、銀の鱗と鰭(ひれ)を持つ、美しい生命体だった。
青く澄んだ水中で長い身体をゆっくりと漂わせ、真っ黒な瞳で、水面から落ちてきたチュセを見つめていた。
チュセはその超絶な美しさと存在感に圧倒され、呼吸の苦しさを忘れた。
水龍はガポっと音を立てて口を開けた。
二列に並ぶ鋭い歯と赤い口蓋、そして、その奥にポッカリと続く真っ暗な穴を見て、チュセは食われるのだと覚悟した。
思うようにならない身体と、到底相手にならぬ圧倒的な力の差。
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