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5.呼び出された恭介
それから10日ほど経ったある日、全ての授業が終わった後、恭介は岩国に呼び出された。恭介だけである。職員室に入っても、健太の姿はなかった。
「恭介、どうしても確認したいことがあるんだ。正直に答えてくれるか?」
岩国は真剣な表情だった。
「はい、何でしょう」
「昨日の夜中の電話、あれは、お前がかけたんだよな?」
一瞬、恭介には言葉の意味が分からなかった。夜中? 電話?
「こないだ、お前たちの話を聞いているときは、俺は信じかけたんだ。お前らの表情を見てな、これはきっと嘘ではないと思ってしまった。いい大人が……情けないよ」
「先生、昨日の電話って何ですか?」
恭介がそう言うと、岩国の顔が引きつったように見えた。
「もういい、やめろ。冗談もしつこいと笑えなくなるんだぞ」
「いや、ちょっと待ってください。電話って何ですか?」
「お前、昨日の夜の11時過ぎに、先生のケータイに電話しただろう。昨日はせっかく早く寝られたのに、それで起こされたんだ」
「電話……そんなのしてないです。寝ぼけていても、そんな時間に先生に電話なんて、そんなこと、ないと思うけど、多分」
ありえないことだと理解しながら、恭介は言った。
「寝ぼけながら、話したりしないだろう」
「話した?」
「自分は過去に戻ってしまったんだって言ったよな。家に帰ってももう一人自分がいて、帰ることができない、あのクスノキで光るものを見て以来、僕は一人だ―― 。そう泣きついたじゃないか」
恭介は言葉を失った。
「あのとき話したよな、過去に戻る予定だったのに戻れなかった、じゃあ戻った方の恭介はどこへ行ったのか。消え去ったか、あるいは町を彷徨っているか」
「そんなこと! ……ありえないです、だってあれは」
「すべて嘘だったんだろ。お前と健太の」
「……はい」
「やっぱりな。先生を騙して楽しいか」
違う、話したいのはそのことではない。
「まったく、お前らはもう小学校も卒業だってのに。限度を知らないのか、昨日の電話はやりすぎだ。あれじゃバレるだろ」
岩国は笑った。もうすでにすべてを消化したかのような顔だ。
「秘密基地に隠れてもう一ヶ月近く経つだと?」
秘密基地。かつて友達と、近所の林にひとつ作った。小さな洞穴を見つけてそれを掘って大きくしたものだが、雨で崩れてダメになった。それのことか。
「酒屋に置いてあるスルメや酢昆布を盗んで、飢えを凌いだだと?」
違う。
恭介はもうひとつ思い出した。町外れに、小汚いじいさんが経営するつぶれかけた酒屋があった。店の離れにはあばら屋があって、そこはそのじいさんも使っていないようだった。あれも基地と言えるだろうか。友達と何度か忍び込んだことがあったが、岩国はそのことを言っているのだ。何故、岩国がそれを知っているのだろう。六年生になってからは近寄ってもいないというのに。
だが違うのだ。
今、本当に話すべきは―― 。
「そんな電話、僕はかけていません」
「何だって?」
「そんな電話……かけてないです」
「もういいよ、恭介。さっき言っただろ。しつこいとつまらなくなるんだ」
「嘘じゃないです!」
「もういいっちゅうに」
岩国はまた笑った。大人の余裕を取り戻したといった表情だった。
そこで、はっとした。
健太は―― ?
「先生、そのこと、健太とも話したんですか?」
「いや、話してない」
「どうしてですか。どうして、今日に限って僕だけ」
嫌な予感がした。こないだの健太の言葉。俺も嘘はついてないと。やはりあれは本当だったのだろうか。本当に、彼は何ひとつ嘘をついていなくて。
もう一度、はっとした。
職員室の窓から、小さく健太の姿が見える。彼は正門を抜け、家路を急いでいる様子だった。
「先生、失礼します!」
「お、おい」
岩国の返事も待たず、恭介は駆け出していた。
夏ももうすぐ終わるというのに、やけに蒸し暑い日だった。
汗をかきながら全力で走り、恭介は大きな声で呼び止めた。
「健太!」
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