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午前10時の開店時刻を迎えたので、通りに面したドアの鍵を開けてCDプレイヤーに皿をセットする。まだ若干頭痛が残るので、今日のBGMはソフトなものをチョイス。
カウンターの奥に座り、店に出していない在庫CDの整理を始めると、やがて本日最初の来店者がやって来た。
「よ、おにぃ。元気にやってる?」
店に入って来たのは妹の神入 空だった。立川の実家に独りで住んでいる空は、たまにこうして遥々横須賀を訪れてくれる。
立川から横須賀へは何度も電車を乗り継いで時間もかかるのに。こうして開店早々現れると言うことは、何か相談事があるに違いない。
「どう?『ひまわり』は順調?」
俺のいるカウンターに歩み寄りながら笑顔を見せる空。実際はマスクをしているために笑顔かどうかはわからないが。
その目尻に寄った皺の数が、フリー音楽ライターとしての地位を物語る。妹のほうが俺よりずっと歳上に見えるじゃないかって?まあ、それにはちゃんとした理由があるのだけど。
店の隅に、一般家庭用のような4人掛けのダイニングテーブルがある。
それは買取依頼の客が来た場合にそこで査定をしたり、壁の書架にオーディオセットを置いているので視聴コーナーにしたりしている場所。
俺はそこに座り、瞬間湯沸かし器のスイッチを入れてコーヒーメーカーに豆をセットする。
「昨夜、店長のところに行って『harbor view』でワンマンを決めてきた」
「わぁ、凄いじゃない。でもおにぃが、じゃなくてセージさんが、でしょ?」
空が俺の向かい側に座る。
「いいや。交渉していたのは、ほとんど俺だったな」
「え?」
「セージの奴、ハーバーに着いた時はもうベロンベロンだったから」
「そうだった。セージさん、あの風貌で意外とお酒、弱いのよね」
「ああ。弱いクセにすげー飲む」
空はクスッと笑ってから、肩から斜めに提げている大きな鞄に手を入れる。
「この前、家で探し物をしていて。なかなか見つからなかったからお父さんの部屋にも入ってみたのだけど。見て。お父さんの部屋で偶然、こんなものを見つけたの」
空がテーブルの上に置いたのは2枚のシングルレコード。しかも2枚とも同じジャケット。
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