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白地に黒いとても小さな文字で、まるで新聞のような欧文の単語の羅列。バンドメンバーのものだろうか、随所にやはり白黒の顔写真がいくつか散りばめられている。
その秩序ある文字の配列を無視するかのように。上のほうに手書き風の赤い文字で、バンド名と曲のタイトルだろうか。筆記体の文字が躍る。
違和感を覚えるのは、ほぼ中央に書かれた4文字の漢字。確かに『月光仮面』と読める。
その赤い文字を邪魔しないように。同じように手書きの黒い文字が…… これ、メンバーのサインじゃない?
ジャケットのほぼ中央。ステージの風景だろうか。唯一カラー写真の上に読める文字──
『神入 巧さんへ』
神入 巧は親父の名だ。
母方の祖父── 親父にとっては義父にあたる人物が立川で開店させた『イイヅカレコード』。
親父はそこで店員として働き、やがて店の看板娘と恋に落ちた。婿入りこそしなかったものの『イイヅカレコード』を継いだ親父は扱う商品を新品から中古品へ徐々に変更。
俺達兄妹は母親の実家である『イイヅカレコード』の2階で生まれ育ったのだが、その頃はもう全て中古品を扱うレコード店になっていた。
その親父に宛てられたシングルレコード──
そのタイトルが気になり、ジャケットの紙を取り出して裏面を見てみる。読む限り、誰もが一度は聴いたことがあるだろう、あの歌詞である。
いったいどんな人達が演奏しているのだろうか。湧き出る好奇心から書かれているバンドのメンバーに目をやる。
「おい!」
思わず叫んで立ち上がってしまった。
1980年代後半。それまで『ニューミュージック』と呼ばれていたJポップが、ようやく『Jポップ』というジャンルを確立し始めた黎明期。
デビューから3年、アニメのエンディング曲に抜擢されて一気に人気を博した新鋭ロックバンドの3人の名が、そこには含まれていた。
その中のひとりは1990年代に入り音楽プロデューサーとして活躍し、彼の名を冠したサウンドを生んだほどの人物だ。
「そう。あのグループの前身って言われているバンドなの。この曲はオレンジジュースのテレビCMでも使われていたそうよ。私は知らないけど」
俺も知らないなぁ…… どうしても曲を聴いてみたい衝動に駆られ、皿を取り出してターンテーブルにセットする。
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