Prologue:田部井 誠治

1/3
14人が本棚に入れています
本棚に追加
/122ページ

Prologue:田部井 誠治

 夕暮れ時、俺は丘の上にある上町(うわまち)の自宅を出る。  店で独自に作っているソーセージが好評な精肉店の先の丁字路で左に折れて、横須賀中央(よこすかちゅうおう)駅へ向かう平坂(ひらさか)を下る。  以前この平坂の歩道は全てアーケードで覆われていたが、一部を残して取り除かれてしまった。雨の日も傘をささずに歩けたのに残念でならない。  坂を下りきったところが京急(けいきゅう)の横須賀中央駅だ。駅を抜けた先の商店街には、ほんの少しだが賑わいが戻って来た。  パチンコ店や飲食店、居酒屋などが軒を連ねる商店街。夜も休日も以前からそれほど盛況ではなかったが、自粛を強いられるようになってからさらに閑散としてしまっていた。  まるで街が色をなくしたようだった。  長きにわたった規制が明け、ようやく人が戻り街は色を取り戻した。  ずっと店を開けられずにいた母親が営む汐入(しおいり)の小料理屋も営業を再開し、俺達のロックバンド『ひまわり』がホームと称している老舗ライブハウス『harbor(ハーバー) view(ビュー)』もライブを開始。  今日は『harbor view』でのライブを店長にお願いするために、バー営業をしている店に向かって市役所方面へと足を進めている。  が、その前に寄り道だ。  我等がロックバンド『ひまわり』のギタリスト、神入(かみいる) (ひかり)が店長を務めている中古レコード店『本町ストア』へ向けて三笠(みかさ)ビル商店街を進む。  本店はその名のとおり本町(ほんちょう)── 観光客には『ドブ板通り』と呼ばれて親しまれている場所に位置しているが。  ヒカリが店を任されている二号店は大滝町(おおだきちょう)── 以前は『さいか屋デパート』があり、現在は取り壊されて再開発中のエリアの一角にひっそりと佇んでいる。  夕暮れを迎え、再開発中で閑散とした景色の中にポツンと1軒、中からの灯りが漏れる店がある。それが『本町ストア二号店』だ。
/122ページ

最初のコメントを投稿しよう!