鬼と怪談とわたし

1/1
前へ
/1ページ
次へ

鬼と怪談とわたし

うぅー、あっついよぉー 毎日暑くて耐えらんない。鬼もよくそんな赤い肌して涼しい顔してられるね。 「ワシの赤さは熱と無関係じゃからの」 そうなのかー でも、見てるこっちはなんだか暑苦しいよ! 夏だけ青鬼になったりできないの? 「無茶を言うのう」 うー、ごめん。 じゃあさ、涼しくなるように怪談話しようよ。 「怪談?」 そ、怖い話。 背筋がゾッとすると暑さも忘れるでしょ? 「そうかの?」 うん! ではまず、私から怪談を披露(ひろう)しよう。 コホン。 ひとつ咳をすると、私は声のトーンを落とし、無表情でゆっくりと語り出した…… 実はね、鬼には言ってなかったんだけど、わが家には毎年夏になると、妖怪がやってくるのよ…… 「妖怪?」 そう、その名も妖怪“塩なめ”。足音を忍ばせ、ヒタヒタ歩いて深夜の台所に現れては、そっと塩壷に手を突っこんでペロリとなめていくの…… 「なんと」 ……まあ、その正体は私なんだけど。 「お嬢が妖怪?」 いや、妖怪じゃないけど。 水ばっかり飲んでもトイレが近くなるし、塩をなめるとのどの渇きがおさまるんだよねー 「なるほどのう」 感心されてる! うわー、全然ウケなかった。これ話すと、いつもは結構笑いがとれるのにー 「怖い話じゃなかったのけ?」 私に怪談話は無理だよー。 鬼はなんかある? 怖い昔話とか知ってそうだよね。 「そうじゃのう……」 鬼は少し考えてから、さっきの私と同じように声のトーンを落とし、無表情でゆっくりと語り出した…… 昔、ワシら鬼の一族が隆盛を誇っていた頃じゃ…… 財産を築き、立派な城を建てて豪遊しておった。毎晩宴会が開かれてのう……その日もみなで酒を飲んでおった。 騒がしく屋敷の門を叩く音がして、こんな夜更けに誰じゃといぶかりながら、若い鬼が外を見に出て行った。他の(もん)は気にせず宴を続け、大声で笑い合っておった。 すると突然、門の外から若い鬼の悲鳴が聞こえたんじゃ。恐怖に引きつった、悲痛な叫び声じゃ……ただならぬ気配に場がざわめき、みな門の方を見た。 ギギイ……と門が開き、戸の隙間から、なにかがゴロゴロと転がってきた。暗闇の中、松明(たいまつ)の灯りに照らされたそれは、若い鬼の首じゃった……そして、戸の向こうからゆっくりとそれ(・・)が姿を現した…… 真っ赤に染まった顔でニイッと笑ったそれ(・・)は、ギラリと光る刀を手にこう言った…… つまらぬ、鬼とはかように脆弱(ぜいじゃく)なものなのか。まあよい、残らず退治してやるから覚悟せよ――そやつが言い終わるやいなや、突進してきた犬が鬼の首に跳びついて食いちぎり、槍を持った猿が別の鬼の腹を串刺しにした。おののく鬼達のもとへ、(きじ)が目玉をえぐろうと空から襲ってきた―― 桃太郎ぉーっ!? 「やつは逃げ惑う鬼を見ると愉快そうに高笑いし、次なる鬼の首をとろうと――」 話続けてるし! 怖いっ! 怖すぎるよ鬼! まさかそれ実話なの!? 「そんなわけなかろう。作り話じゃ」 ああ、そうなの……よかったー 桃太郎って、鬼の視点から聞くとめっちゃ怖いね。 「涼しくなったのけ?」 いや、全然。むしろ鬼達がどうなっちゃうのか気になって、熱くなっちゃったよ。 「ふむ、その後はの、最後に残った(かしら)の鬼が泣きながら命乞いしたんじゃ。財宝は全てやるから助けてくれとな。するとやつらは車に宝を乗せて帰っていったんじゃ」 それ、現代なら強盗殺人罪だねぇ。 「まあ、その時生き残った鬼がワシなんじゃが」 え!? そうなのっ!? お、鬼、そんなつらい過去が……っ? 「……すまん、冗談じゃ」 思わず血の気が引いてしまった私に、鬼はこまった顔で「ウケんかったのう……」と申し訳なさそうに頭をかいた。 *おわり*
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加