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マモルは5年生になってから、なんとなくみんなの輪にはいれない。クラスの男子の会話に入る勇気がなく、でもみんなが話していることが気になるので、こっそりきき耳を立てていた。
「本当に見たんだよ!」あの声は田中くんだ。
「写真がないとなあ、2組の山口は写真撮ってたらしいよ」これはいつもクラスの中心にいるユウジくんの声。
今日もUFOを見たといううわさで男子は色めきたっている。
「本当だよ! 夜中に山の上を飛んでたんだよ!」
ここ最近、なぜかこの町でUFOを見たという話がぞくぞくと聞こえてくるようになった。
マモルはひたすらまわりのうわさを聞いてばかりなので、それがある場所の近くに集中していることに気がついた。のこぎり山だ。
あそこはマモルの住む団地のすぐそばだ。でも、残念ながらベランダの反対側だ、見に行くには山に行くしかない。
そのとき、ふいに思いついた。もし、ぼくがUFOの写真をとってきたらどうだろう? きっとその日からクラスの話題の中心になれるだろう、そう、まるでユウジくんのように。そう思うとマモルはいてもたってもいられなくなった。
うわさによるとUFOはいつも夜にあらわれている。
だから夕はんのあと、マモルは家を抜け出す準備をした。
母さんは夜勤だから、7時に仕事に行ったあとなら大丈夫だ。
写真をとるための携帯ゲーム機と懐中電灯を持って、こっそり団地をぬけだした。
のこぎり山はそれほど高いわけじゃない。小さい頃にはよくここに虫取りにきたなあとマモルは思っていた。
と、そのときどこかから、小さなすすり泣きのような声がきこえてきた。
まさか? ユーレイ!?
あわてて声がきこえてきた方に懐中電灯を向けると、自分と同じくらいの背の高さの人影がぬっと立ち上がるのが見えた。思わずうわあと大きな声を出して、マモルはへたりこんでしまった。
「おいマモル、こんなとこで何してんだよ」ききおぼえのある声の主はなんとユウジだった。
「え? いや、なんか泣き声みたいなのがして、それで・・・・・・」
「そうじゃなくて、なんでこんな時間にこんなとこに?」
「ユウジくんこそ、こんなところで何してたの?」
「俺は家が近いから、さんぽだよ」そういえばユウジはこのすぐ近くに住んでいることと聞いたことがあった。
「いや、UFOの写真を、取りに・・・・・・」
ユウジはマジかよ、と言うと吹き出した。その瞬間ちょっと目をぬぐったように見えたけどマモルは何も言わなかった。
元気な笑い声はいつものユウジくんそのものだったから。
「じゃあ、俺もいっしょにUFO、さがしに行ってやろうか?」
二人はなだらかな山道をならんで歩きながら、すこしづつお互いのことを話した。
UFOを見たといううわさのこと、クラスの友達のこと、好きなゲームのこと。そうして話しているうちに、ひらけた場所にたどり着いた。
目の前には池があった。
マモルはこんな場所があることを知らなかった。
こんなところに池があるんだね、と言おうと口を開いたとき、ふいに目をあけていられないくらいのまぶしい光がふりそそいできた。
長い時間だったような感じもするし、ほんの一瞬だったようにも感じた。
池の上に青白くかがやくUFOがすーっと降りてその場に浮き、その光に照らされてゆらめく水面が見えた。と、すっと音もなく垂直に上昇し、そのまま空のかなたに消えていった。
しばらくして二人はお互い顔を見合わせて、見たか? うん、見た 本物かな 本物だよな などと早口で言い合った。
そうしてようやく興奮が収まったころ、ユウジがじっと池を見つめてぽつりとつぶやいた。
「ここ、昔よく父ちゃんと釣りにきた場所だ」
そういえばユウジにはいろいろ事情があって、今は新しいお父さんと暮らしていると聞いたことをマモルは思い出した。そして、その新しい父さんとはあまりうまくいっていないということも聞いたことがある。
「最近は来てないの?」
「二年生の夏休みに父ちゃんと来て・・・・・、その後来てなかったんだなあ」
ふいに、やっぱりユウジはさっき泣いていたんじゃないかとマモルは思った。その横顔がなぜだかすごく悲しそうに見えたからかもしれない。
「じゃあ、こんど・・・・・・、いっしょに釣りにこようよ」
ユウジは一瞬ほうけたような顔をして、それからゆっくりと笑顔になり、こう答えた。
「そうだな、みんなで来ればいいんだなあ」
それから二人は来た道を戻って、明日また学校で、と言い合い、別れた。
さよならを言い合ったあと、マモルは「そういえばおまえ、UFOの写真は?」と言われてはじめて持ってきたゲーム機に気づき、二人で大笑いした。
次の日の朝、マモルが教室に入ったとたん「おい、マモルが来たぞ!」と男子が騒ぎ出した。ユウジはやっぱりその中心にいて「ものすごい光だったんだぜ」とUFOのことを話している。
「おい、おまえも見たんだろ?」と勢いよく言われて「え?」と口ごもっているとユウジが「今度マモルとその池に釣りに行くんだ、なあ?」と声をかけ、みんなが口々に自分も行く、行きたいという声がかさなって、マモルとユウジは目を合わせ、また楽しそうに笑い合った。
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