150人が本棚に入れています
本棚に追加
オーディション
「私にドラマのヒロインのオーディション案内ですか!?」
「ちょっ! 近い近い!!」
「近いとか言ってる場合ですか!? 今すぐ、詳細を、教えて下さい!」
「分かったから!」
社長は部屋に戻ると、乱雑に物が置かれた机から一枚の紙を持ってきて私に渡してくれる。
「それがオーディションの概要。ゴールデンタイム枠のドラマで結構有名な監督の作品なんだけど、その監督が変わった人らしくてさ。20代の女優で自信のある奴なら誰でも参加可って感じなんだって」
「確かに珍しいですね……」
一番視聴率が稼げる時間枠のドラマヒロインなら、有名女優を使って話題性を出しそうな気がするのに、それが公募。
私にとってみれば、またとない機会と言える。
「まぁ、北大路がそこのディレクターと仲が良いらしいから、運が良ければ彼女がヒロインになれるかもしれない」
「……ん?」
「かと言って、条件を満たしているお前に何も言わないのはさすがにどうかと思ってな。こうやって伝えたって訳さ」
「んん?」
大きな欠伸をしている社長に、私は眉をひそめる。
それだとまるで……。
「私には、いちおう条件が揃ってるから声かけた。って聞こえるんですけど」
「その通り。よく分かったな」
「……いくら社長でも怒りますよ」
「と言ってもなぁ……ヒロインの役を見てみろ」
ちょいちょいと指をさされ、再度プリントに視線を落とす。
読んだ瞬間、思わず応募ヒロインの役柄を口にしてしまった。
「極道の恋人……。しかも迫力があることが最低条件」
「お前の弱点を絵に描いたような役柄だろ?」
「……」
「といっても、さっきも言ったように条件は揃ってるからさ。オーディションには出て欲しいんだけど」
「けど、なんですか」
社長は珍しく眉間にシワを寄せ、コツコツと人差し指で額を叩いた後、私の方へ視線を向ける。
「正直な話ね。このままだと西明寺は、ただの脇役女優で終わっちゃうと思うのよ」
「そんな、私は!」
「まぁまぁ、最後まで話を聞いて。そんで、この辺りで1つ大きな役柄とか太いパイプをゲットしとかないとこの先、芸能界で生きていくことはおそらくできない」
口の端を上げて社長が笑う。
大抵この笑い方をする時は、嫌なことを言う前触れであることを私は経験上知っている。
「西明寺。今回、何かしら成果を上げられなかったら……事務所クビにするから最後のチャンスだと思って頑張って」
「うそ……ですよね」
「ほんとほんと。あぁ……けど、北大路にこれ話したら『それは可愛そうだから、私が役をもらえるようディレクターに頼んでみます』って言ってたから、そこまで心配しなくてもいいかもな」
「は?」
思わず素っ頓狂な声が出た。
夜空が? 私のために? そんなことを言っただって?
ありえない。社長には同期を心配する自分みたいな演技をしつつ、絶対に心の中ではせせら笑ってる。
それを想像した途端、怒りと共に反骨心がむくむくと自分の中で育っていくのを感じた。
「分かりました。絶対に役とってきます。夜空の力を借りず、自分自身の力で!」
そして、社長も夜空もぎゃふんと言わせてやる!
私は、新たな決意を胸に事務所を後にしたのだった。
最初のコメントを投稿しよう!