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会うことのない人物
役作りで最初に必要なのは、やはり知識や経験を得ること。
かと言って、極道の恋人に実際なるなんてありえない話である。
そうなると、一番良い方法は同じ役の作品を沢山見ることだ。
「まだ足りない気もするけど……後は給料入ってからだね」
自室の机に山積みになった、DVDと漫画。
帰りがてら、本屋とDVD屋に寄って買ってきた極道の恋人設定のものの作品だ。
いつどんな役をもらうかわからないので、家にも壁を覆い尽くすほどの資料がある。
事あるごとに色んな参考資料を買い漁っているせいか、居住スペースは狭いしいつも財布の中身は寂しいが、これは私にとっては宝の山というべきものだ。
確か、その中にも確か極道の作品あったはず。あとで探してみなくては。
「さて、最初はこれかな」
私は一枚目のDVDを手に取る。
あらすじを読むと、どうやら極道とヒロインは幼馴染らしく、その流れで恋人になったはいものの、極道の父親である組長が事故で急死。そのせいで、組長の座をめぐる争いに巻き込まれていく話らしい。
「ヤクザね……」
物語の中ではよくある設定だが、実際のヤクザはニュースやドキュメンタリーでしか見たことがない。そもそも、女優である私がヤクザと繋がってましたなんてなったら、それこそスクープものだし、業界を追い出されてしまう。
「きっと会うことなんて、一生ないんだろうな……」
そんなことを呟きつつ、DVDを再生する。
ここからは、勉強の時間だ。
「なるほど……やっぱり世間の壁とかそういうのを重視するよね」
所々映像を停止しながらも、思ったことや他のジャンルと演技が違うところを事細かに記載していく。
彼女がどんな気持ちで、そのような行動をしたのか。
分析をしつつも、極道の恋人というのはどういうものなのか。自分の中に落とし込んでいく。特にこの作品は、オーディションで求められている『迫力がある恋人』の役柄だったので、とても参考になる。
――ドンドンドン!
突然の音に、ハッと音がしたほうへ視線を向ける。
どうやら、誰かが家のドアを叩いているらしい。今何時だと時計を見ると午後11時を回っていた。
こんな時間に宅配便が来るとは、正直思えない。
――ドンドンドン!
再び叩かれる扉。
今度はかなり強い力で叩いているのか、玄関からギシッと嫌な音が聞こえた気がしたのはおそらく空耳ではない。
ただでさえ、築60年のボロアパートなのだ。このままだと、近所迷惑になりかねない。
「今出ますから!」
私は立ち上がると、玄関の扉を開く。
扉の先にいたのは、厳つい顔立ちの男たちだった。
人数は3人。1人はスーツを着ており、スーツの男を挟むように柄物のシャツを着ている金髪と茶髪の男性が2人いる。
柄シャツの男達は、視線で私を殺さんばかりに睨みつけており、思わず体が固くなってしまう。
一方、スーツの男性は口に笑みを浮かべているが、目は全く笑っていない。獲物を狙う蛇のようだ。
柄シャツの男達とスーツの男。どっちが怖い? と聞かれたら即答でスーツの男と答えるだろう。
固まっている中、スーツの男が口を開く。
「こんばんは、西明寺緋梨さんで合ってる?」
「は、はぁ」
「んだぁその返答は! 若に失礼だろ!」
「は、はい! すみません!」
反射的に謝りながら、金髪男の言葉に首を傾げる。
今彼は、スーツ男の事を若って言わなかったか?
さっきまで極道もののドラマを見ていたせいか、変に反応してしまう。
「そう怒鳴るな。彼女は状況が分かってないんだから」
「すみません若!」
ビシッと90度の礼をしている金髪男を横目に、スーツ男は私に視線を向ける。
「そんで、あんたへの用なんだけど……。お前の父親が俺たちに借金してトンズラしたんだ。ってことで、代わりにあんたが金払ってよ」
借用書と書かれた紙を突きつけてくるスーツ男に、私はくらりとめまいを覚えたのだった。
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