キスマーク

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キスマーク

それから数日後。 とうとうベットシーン撮影の本番の日が来た。 「西明寺さん、大丈夫ですか?」 私の身体に力が入っているのがわかったのか、こっそり辰巳くんが声をかけてきた。 自分でも分かるくらい引きつった笑みで「大丈夫」だけとは返したが、彼の瞳から心配の色は消えていない。 あれから毎日のように東海林に手ほどきされたけど、やっぱり演技とはいえ二人っきりとスタッフの前でやるのは違うわけで。 現場に入ってから変な緊張をしっぱなしだ。 そのせいで、メイクの人にも笑われちゃったし。 緊張によるものなのか、汗もかきっぱなしでタオル必須になっている。 それに比べてと、ちらりと辰巳くんを見る。 思ったよりも落ち着いているのは、やっぱり場馴れしてるからなのだろうか? いや、ベットシーンの場馴れってなんだと思わず心の中で突っ込む。 彼が出演している作品を思い出した限り、ベットシーンがある作品はなかったはずだ。 けれど、この美貌だ。女の一人や二人、いや片手で数え切れない程の人と、既に夜を過ごしているかもしれない。 それに比べて私は経験が明らかに低い。 けど、経験が低いことを理由に手を抜くつもりはないし、東海林にだって……その協力してもらったし。 「準備お願いします」 スタッフさんの声でハッと我に変える。 ここまできたら緊張とかそういうことは言ってる場合じゃない。 いつも通り、全力で役に徹してやり切る。ただそれだけだ。 撮影が始まり、私は辰巳くんにベッドへ押し倒される。 いつともは違うアングルに胸がドキリと音を立てた。 そのまま、辰巳くんは私の上着を脱がし。 一瞬、ほんの一瞬固まった。 何かあったのだろうか? そう思ったときには、辰巳くんの顔が近づいてきてて。 『俺のものっていう印、つけとくな』 アドリブと共に、首筋に軽い痛みが走る。 見なくても分かる。キスマークをつけられたと。 さすがにびっくりして辰巳くんに視線を向ける。 彼は今も演技をしている。それは分かる。 けど、瞳の奥にほんのりと別の感情があるように見えた。 もしかして。 「(怒ってる……?)」 ふと浮かんだ一言を考える前に、自分の台詞になり口を開く。 その後も滞りなく撮影は進み、なんとかベットシーンを含めて今日の撮影は終了した。 「お疲れ様です!」 「お疲れ様です」 控室に戻ろうと思った私に声をかけてきたのは、辰巳くんだった。 ベットシーンでの雰囲気は鳴りを潜めているが、どこか申し訳無さそうな表情をしている。 「すみません、アドリブとはいえキスマークつけちゃって。彼氏さん? とのキスマークを隠していたファンデが落ちかけていたので、隠した方がいいかなって思って」 「!?」 思わず絶句して首元を抑える。 なるほど、だからメイクさんはニヤニヤしてたのか……! というか、撮影で迷惑がかかるから痕はつけるなって言ったのに! 「えっと、ありがとう。助かったわ」 「いえ、僕のモノって見せつけたかったし」 「? 何か言った?」 「いえ! なんでもないです。けど西明寺さん彼氏さんに溺愛されてるんですね」 「別にそういうわけじゃ!」 「そうなんですか?」 「ま、まぁ。色々はあるけど。で、溺愛とかそういうのは……ちょっと違うというか」 そもそも私と東海林は付き合ってないわけで。 とはいえ、好きじゃないってわけでもないからどう言えばいいのか分からない。 しばらく唸っていると、辰巳くんが笑みを浮かべ口を開く。 「……そうですか。けど、スキャンダルには気をつけてくださいね。どこで誰が見ているかわかりませんから」 「言われなくても分かってるわよ」 「そうですよね。それではお疲れ様です。また明日」 そう言って彼は、現場を去っていった。 何か不穏めいたものを感じつつも、私もその場を後にした。 家に帰った後、キスマークのことを言ったら、上書きされたことが嫌だったのか更に濃くつけられて怒ったのは別の話だ。
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