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東海林蒼汰
「そういえば、自己紹介がまだだったな。俺は東海林蒼汰。東海林組に所属している」
東海林組、どこかで聞いたことあるような……顎に指を添えて唸っていた私は、脳内でヒットした情報に思わずバッと顔を上げた。
「ちょっと待って! 東海林組って言った!?」
「さすがにお前でも知ってるか。俺はそこの若頭だ」
その言葉に私は目を剥いた。
東海林組。この辺りで三本の指に入るほど大きく、少し前にドキュメンタリーで騒がれていた。しかもそこの若頭だ。
ヤクザに会うことがないと思っていた矢先のこれ。
しかも問題を起こしたのが父親となると、頭を抱えたくなってきた。
母と違って、父は正直言って良い親ではない。
酒を飲み、博打にお金をつぎ込み、母を困らせていた。
そのせいか、私もあまり良く思ってなくて、母が亡くなったと同時に絶縁状態になっていたから今はなにをしているかさっぱり知らなかったけど。
まさか、そんなとんでも場所から借金をしているとは。
会いたくないが、会ったら絶対に一発殴ってやる。
と言っても借りたお金は返さないといけない。
例え自分のじゃなくたって、毎日のように来られたら迷惑だし下手したらオーディション前にクビになってしまう。
それを避けるために、東海林と契約をしたのだから。
ここは腹を括らなければ。
「それで、パーティーはいつなの?」
「2ヶ月後だ。パーティーの間だけでも恋人同士に見えればいい。女優って言うならそれくらい朝飯前なんだろ」
私からタオルを受け取りながら、馬鹿にしたような笑みを浮かべてる東海林にちょっとイラっとしたが、ここで何かをすると部下の人が怖いのでグッと抑えておく。
「恋人って言ったって、色々あるの。恋人役だけやってくださいって言われたって上手くできるわけないでしょ」
「面倒くさいな」
「組長さんを騙さないといけないなら、徹底的にやらないと。あとでボロが出て小指落とされるなんてなったら、契約とはいえ私嫌だからね」
「その時は俺の小指が落ちる。まぁ、落とし前はつけてもらうけどな」
にやりと口角を上げる彼に、思わず肩が跳ねる。
口は笑ってるのに、目が全く笑ってないのだ。
しかも、嬉しくないオプションとして、顔だけはいい。下手したら、二流俳優よりも整っている。
そんな彼に口だけ笑った笑みを浮かべられたら、怖い以外の感情はすっ飛んでいってしまった。
「そ、そうならないように、事前の準備とか東海林……さんに関する情報とか欲しいのよ」
「なら、デートでもするか?」
「は?」
私の素っ頓狂な声に合わせて、周りの部下もあんぐりと口を開けている。
「ちょっ、正気?」
「恋人として俺を知りたいんだろ? なら、それが手っ取り早いだろ」
「そうだけど」
「そしたら、明日の17時。お前の家に迎えに来る」
「ちょっと待って。明日は別の仕事があるのよ!」
デート? こいつと私が?
急すぎて話についていけない。
確かに契約のために東海林の情報は必要不可欠だ。だけどまさか、デートをしようなんて話になるとは思ってもみなかったのだ。
パクパクと金魚のように口を開いている私に、東海林はにやりと笑い
「なんだ? 仕事と契約、どっちもできないのか?」
カチンとする言葉を言ってきた。しかも不敵な笑み付きで。
そうなると、思考よりも口が先に動いた。
「良いわよ、デートの1つや2つ、仕事終わりだってできるわよ」
「言ったな。そしたら、明日何時に仕事が終わるんだ?」
「遅くても20時には終わってるわ」
「そしたら、その時間、迎えにいってやる」
東海林は、きれいな指で机の上に転がっていたペンを持つと、サラサラとメモに数字の羅列を書く。
「俺の電話番号だ。終わったら連絡しろ」
そう言って、部下を引き連れて家を出ていった。
待ちに待った静寂なのだが、そこで私はハッと我に返る。
「ヤクザとデートの約束しちゃった!?」
夢を追いかけるのに必死で男の人と付き合ったことなどないから、どんな服を着ていけばいいのか分からない。
「ど、どうしよ……」
日付が過ぎた真夜中。
私は頭を抱えながらうずくまることしかできなかったのだった。
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