921人が本棚に入れています
本棚に追加
奥にあるらしいVIPの為の部屋へ進む。
財閥の夫人と聞いたので、内心、鼻についたババアかと思っていたが、50代半ばというその女性は、歳相応のお洒落をしていて上品で綺麗だった。
「お待たせ致しました、こちらが絵を描いた津々理です」
柊木の紹介の後に続いて、オレは頭を下げた。
「初めまして、津々理と申します」
「初めまして。あら、てっきり新しいホストさんかと思ったわ」
女性は口元に手をやり笑った。
「ホストにしたいくらいです、僕も」
横で笑う柊木は違うヤツみたいだ。
その後に続いた柊木と夫人の会話の声が、遠くに聞こえた。
「え?」
聞こえていなかったのか、聞いていなかったのか自分でも分からない。柊木の声に我に返る。
「津々理、お話の本題に入るそうだ」
笑顔で言ったが、オレはいつもの柊木の笑顔が好きだと思った。
「津々理くん?この絵がとても素敵で、お知り合いに見せたの。これね」
スマホに写したオレの絵を見せてくれる。この店に飾った二点の絵。『朝陽』と『花束』の絵。
「恐縮致します」
静かに応えて頭を下げると、夫人が続けた。
「勿論、プロのカメラマンさんに撮って頂いて、綺麗に拡大出来る物をある方にお見せしたの」
柊木が隣りで嬉しそうに聞いている。
「そうしたらね、是非、こちらに来て勉強してみないかって!」
「えっ!?凄いな!津々理!」
すぐに反応した柊木の声は喜びで溢れていた。オレも少し胸がドクドクした。
「どちらで?」
柊木が訊いた。
「ロンドンで、二年間」
一瞬、柊木の顔が凍りついたのが視界の端に入った。それでもすぐに
「良い話ではないか!津々理!」
オレの背中をバンバンと叩いた。
ロンドン?二年?行ける訳が無ぇ。
「せっかくの…… 」
せっかくのお話ですがお断りします、と言おうとするオレの言葉に被せて
「津々理!良い話を頂いたな!これから忙しくなるぞ!有難う御座います、何とお礼を申し上げて良いやら!」
柊木が笑って言う。
「良かったわー。先方にご連絡しておきますね、詳しくはまた、お話しましょう!」
いや、オレOKしてねーし。ふざけんなよ、柊木、勝手に決めてんじゃねぇよ。腹の中が煮え繰り返る。オレが凄い顔をしていたんだろう、すぐさま柊木は立ち上がり、
「すみません、津々理はこれで失礼させて頂きます」
と、オレの腕を持ち上げて、立つ様に促す。
訳も分からないままに挨拶をして、VIPの部屋を出て、夫人には聞こえないだろう所まで来た時にオレは激しく怒鳴った。
「何で勝手に決めんだよっ!!オレは行かねーからなっ!!!」
「家に帰ったら、ゆっくり話そう」
そう言って送りの車を用意させて、オレだけ先に家に帰る。
帰りの車の中でも全く怒りが収まらない様子のオレに、送りの男の子がかなりビビっていたので申し訳なくは思ったが、どうにもならない程に怒りは頂点に達していた。
最初のコメントを投稿しよう!