ずっと続く筈だった二人の毎日

2/5
前へ
/47ページ
次へ
 奥にあるらしいVIPの為の部屋へ進む。  財閥の夫人と聞いたので、内心、鼻についたババアかと思っていたが、50代半ばというその女性は、歳相応のお洒落をしていて上品で綺麗だった。   「お待たせ致しました、こちらが絵を描いた津々理です」  柊木の紹介の後に続いて、オレは頭を下げた。 「初めまして、津々理と申します」 「初めまして。あら、てっきり新しいホストさんかと思ったわ」  女性は口元に手をやり笑った。 「ホストにしたいくらいです、僕も」  横で笑う柊木は違うヤツみたいだ。  その後に続いた柊木と夫人の会話の声が、遠くに聞こえた。   「え?」  聞こえていなかったのか、聞いていなかったのか自分でも分からない。柊木の声に我に返る。 「津々理、お話の本題に入るそうだ」  笑顔で言ったが、オレはいつもの柊木の笑顔が好きだと思った。 「津々理くん?この絵がとても素敵で、お知り合いに見せたの。これね」  スマホに写したオレの絵を見せてくれる。この店に飾った二点の絵。『朝陽』と『花束』の絵。 「恐縮致します」  静かに応えて頭を下げると、夫人が続けた。 「勿論、プロのカメラマンさんに撮って頂いて、綺麗に拡大出来る物をある方にお見せしたの」  柊木が隣りで嬉しそうに聞いている。 「そうしたらね、是非、こちらに来て勉強してみないかって!」 「えっ!?凄いな!津々理!」  すぐに反応した柊木の声は喜びで溢れていた。オレも少し胸がドクドクした。 「どちらで?」  柊木が訊いた。 「ロンドンで、二年間」  一瞬、柊木の顔が凍りついたのが視界の端に入った。それでもすぐに 「良い話ではないか!津々理!」  オレの背中をバンバンと叩いた。  ロンドン?二年?行ける訳が無ぇ。 「せっかくの…… 」  せっかくのお話ですがお断りします、と言おうとするオレの言葉に被せて  「津々理!良い話を頂いたな!これから忙しくなるぞ!有難う御座います、何とお礼を申し上げて良いやら!」  柊木が笑って言う。 「良かったわー。先方にご連絡しておきますね、詳しくはまた、お話しましょう!」  いや、オレOKしてねーし。ふざけんなよ、柊木、勝手に決めてんじゃねぇよ。腹の中が煮え繰り返る。オレが凄い顔をしていたんだろう、すぐさま柊木は立ち上がり、 「すみません、津々理はこれで失礼させて頂きます」  と、オレの腕を持ち上げて、立つ様に促す。  訳も分からないままに挨拶をして、VIPの部屋を出て、夫人には聞こえないだろう所まで来た時にオレは激しく怒鳴った。 「何で勝手に決めんだよっ!!オレは行かねーからなっ!!!」 「家に帰ったら、ゆっくり話そう」  そう言って送りの車を用意させて、オレだけ先に家に帰る。  帰りの車の中でも全く怒りが収まらない様子のオレに、送りの男の子がかなりビビっていたので申し訳なくは思ったが、どうにもならない程に怒りは頂点に達していた。  
/47ページ

最初のコメントを投稿しよう!

921人が本棚に入れています
本棚に追加