線香花火、揺れる距離

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**四女、菜々美  今、私はねえちゃんと線香花火をしている。  姉妹で花火大会に行く約束をしていたのに、私のせいで行けなかった。  線香花火に視線を向けているねえちゃん。   私は彼女をじっと見つめている。  ――ねえちゃん、ごめん。 *  今日は花火大会。  小さい頃は毎年、姉妹四人で一緒に観に行っていた。大きくなると、揃って行くことはなくなった。  けれど、今年は絶対に四人で浴衣を着て観に行こうね!って約束をした。理由は一番上の美桜(みお)ねえちゃんが来月、遠距離恋愛している彼氏の所へ引っ越しをするから。四人で思い出を作る為に。  今、私よりも一歳年上の三女、美結(みゆ)ねえちゃんが「私の下駄がない!」と言って家中走り回っていたり、二歳年上の次女、希美(のぞみ)ねえちゃんは「帯上手く出来ない!」とか言いながら騒がしい。  私は四歳年上の長女、美桜ねえちゃんに浴衣を着せてもらい、今、髪の毛を結ってもらっていた。  可愛いお団子ヘアーにしてもらったのに、私はイラッとしながら言ってしまった。 「なんか、この髪型、ダサい」って。ねえちゃんは仕上がりを見て満足そうな表情をしていたけれど、一気にショックを受けた表情になった。 「えっ? もう髪やり直す時間ないよ?」 「直して!」 「大丈夫だよ! 菜々美、可愛いよ」 「可愛くない」  ――違うの。髪型が嫌なわけじゃないの。 *回想・昼 「先にふたり、好きなの選んで良いよ」って姉達に言われ、美結ねえちゃんとふたりで選ぶため、和室の畳の上に浴衣を並べた。  白、桃、緑、紺色の浴衣。  どれにしようか迷っている時だった。 「そういえば、ねえちゃんがね『私がいなくなったら菜々美、何も出来なくて困ったりしないかなぁ』って言ってたよ」 「はっ? 何も出来ない? ねえちゃんいなくても出来るし」  なんだかその言葉にイラッとした。しかも、それ、私に直接言えばいいのに。陰口言われているみたいで嫌な気持ちになった。  髪型じゃなくて、それが原因。 *  今、追い討ちを掛けるように、ねえちゃんは言ってきた。 「じゃあ、自分でやりなよ! なんでもねえちゃんやってって、そんなんじゃ、これから先、困る事ばかりだよ!」 「困らないもん。ムカつく。ねえちゃん、嫌い、大嫌い!」  ねえちゃんは予想外の反応をした。  泣いてしまった。 「あ、ごめ……」 「もう、知らない! 私達、先に行くからね」  ねえちゃんは涙を流しながらドアを勢いよく閉め、私は一人部屋に残された。 「……こんな風にねえちゃんと喧嘩したの初めてかも」 **長女、美桜 「菜々美を置いて、花火大会に行けるわけないじゃん。今頃、この部屋の中で落ち込んでるんだろうなぁ……」  私は今、菜々美がいる部屋の前で気配を消して座っていた。家の中は真っ暗。希美と美結には、先に花火大会の会場に行ってもらう事にした。  小さい頃から大好きな菜々美に「嫌い」と言われた事が物凄くショックだった。私はこの家を出る。あの子はもうすぐ高校を卒業する。私がいなくても何とかやっていけるとは思うんだけど、心配であんな言葉を言ってしまった。  四年前にかあさんが亡くなってから、あの子のお母さんのような気持ちでずっと私は、過ごしてきたから。  ――どうしよう。嫌いって言われたし。こっちから話しかけれないよ……。  花火が連続で上がる音がする。  花火の終わりを告げる音だ。  私は膝を抱えてうずくまりながら、微かに聞こえるその音を確認した。 「花火、終わっちゃったな……」  その時、玄関のドアが開く音がした。 「良かったね!」 「うん、良かった!」  希美と美結が帰ってきた。 「花火大会終わったばかりなのに、帰ってくるの早いね」  私は言った。 「えっ? 花火見てないよ!」  美結がそう言うと、花火が沢山入っている袋を見せながら希美が言う。 「近くの店、花火の種類少ないんだもん。三軒もお店行ったわ。今から河川敷に行こうよ! 小さい頃いつも花火していた場所!」 「菜々美っ!」  希美が部屋のドアを開け、菜々美を誘う。 「菜々美のイライラ、原因、私かも」って、昼の出来事を美結が話してくれた。 *  河川敷に着いた。  菜々美とはあれから何も話していない。  一緒にいられる貴重な時間。  本来なら楽しい時間なのに……。  ずっと今まで一緒にいたから、少しでもいつもと様子が違うと、他の姉妹はすぐに気がつく。  希美と美結はコソコソふたりで何かを話して「ちょっと飲み物買ってくる」と言い、消えた。  多分、仲直りして欲しいのだろう。  菜々美とふたりで花火。  線香花火に火をつけ、菜々美に渡した。 「どうぞ」  私は何事もなかったかのように話しかけた。 「うん」  返事をしてくれたけれど、視線を合わせてくれない。もう一本、自分の分にも火をつける。  それを繰り返す。  三本目の花火の時。 「ごめんね。嫌いって言ったの、嘘なの」  今にも泣きそうな震えた声で菜々美は言った。 「……」 「ねえちゃん、大好き……」  その言葉を私に伝えてくれたのと同時に、菜々美は泣きじゃくった。私も感情が溢れてきて、目の前が涙でぼやけてくる。  ふたりの線香花火は消えていた。  菜々美が新しい線香花火に火をつける。  そしてその花火を、くれた。 「ありがとう。ねえちゃんも菜々美が大好きだからね。悩み事とか何かあればすぐに連絡してね!」  ふたりの線香花火の火が、重なるくらいの距離で揺れていた。
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