二日目、あなたの香り

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 植物園内にある茶舗で、呉島と撮影クルーは休憩時間の軽食をふるまわれた。茶舗は古い土蔵をリノベーションした明るいカフェテリアで、ひろびろとした三和土(た た き)の空間に巨大な無垢材のテーブルを置き、そこで英国式の茶菓や軽食が供される。本格的なティーメニューが来園客に人気だ。  テーブルには、スコーンにジャム、ショートブレッドなどとともに、早起きの撮影クルーのために小ぶりな海苔巻きやおにぎり、熱いほうじ茶のポットまで並んでいる。茶舗のスタッフが用意してくれた「まかない」だ。  みんなでテーブルを囲んでいたら、しばらくして立花が姿を見せた。ディレクターが明るく声をかけて話が弾む。呉島は気配を消しすぎず前にも出すぎないよう気を遣いながら、静かに紅茶碗を口に運んでいた。 「呉島君さあ」  声をかけられて顔を上げると、意地の悪い笑みを浮かべた立花と目が合った。 「ティーカップの持ち方、それ、おかしいでしょ」  クルーたちがしん、と静まり返り、呉島のなかでふっと糸の切れる感覚があった。おかしな持ち方をしているとは思わない。カップはハンドルに指を通さず正しく持っていたし、ソーサーを持ち上げてもいない。交遊のひろい雑誌編集者として多少のテーブルマナーはわきまえている自負がある。立花に近づきたい一心で、英国式のティーマナーを仕込んでくれるレッスンにこっそり通ったことさえあった。そんないろいろな思いが頭をよぎって意地になった。  かりに立花が言うように「おかしな持ち方」をしていたとしても、カジュアルな茶舗で、しかも撮影の合間の休憩を楽しむ皆の前で、そんな些細な指摘を口にすることのほうが、よほど悪意に満ちて無粋なことに感じられた。  呉島はそっと茶碗を置き、席を立った。 「すみません、俺は帰らせてもらいます。……あとで他の編集部員と代わりますので」 「ちょっと、呉島さん」  ディレクターが慌てて席を立ってきて呉島の腕をつかむ。呉島は静かにその腕を払いのけた。 「俺はどうやっても立花先生の気に入るようにふるまえないんです。……今までずっとそうだった。皆さんもやりにくかったですよね、すみません。俺が至らないばっかりに、いらない気を遣わせてしまった。申し訳ないですけど、しばらくシナリオどおりの進行でお願いします。すぐに代理をよこします」 「呉島さん……」  ディレクターがおろおろと、呉島と立花の顔を見比べた。立花が鼻で笑う。 「可愛げがないなあ。カップの持ち方がおかしいって教えてやったんだから、そこは『はい、すみません』でいいだろ。そんな生意気で、よく専門誌の編集者が務まるもんだ」  呉島は立花をまっすぐに見据えた。このきれいな顔をこんな気持ちで見つめたくなかったと、あらためて悲しくなる。 「何とでもおっしゃってください。先生のほうこそ……、身内でもない相手に対して大っぴらにマナーの悪さとやらを指摘する先生の態度こそ、俺には受け入れがたい」  立花がひるむような間があった。呉島がこんなふうに立花にはっきりと言い返したのは初めてのことだった。これまではどんなに厳しいことを言われても、理不尽な仕打ちを受けても、仕事に対する責任感と彼へのあこがれがあったから、こらえて受け入れてきた。しかしもう限界だった。  小声で「失礼します」と言い捨てて、呉島は茶舗を出た。
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