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「では、第一問」
立花が試薬瓶を呉島の鼻先に近づけたらしい。精油の濃厚な香りが立つ。
――ベースは、ダマスク……クラシカル。それにほかの香りが混じってる。これはバラ以外だな。
「ダマスク・クラシカルに、クローブ。配分は9対1」
「お見事。じゃあ、第二問」
複雑な香りが来た。二種類どころのブレンドではない。呉島はしばらく考え込んだ。
「……たぶんキャベッジがベース。次に多いのがティー。そこにゼラニウム。ほかにも入ってるな。ヒントは?」
「フローラル系」
「それじゃ広すぎてヒントになりませんよ。……あっ、わかった。カモミールだ」
「配分は?」
「6対2対1対1、ぐらい?」
「惜しい。5対3対1対1」
「難しいな」
「じゃあ、次。第三問」
ふわりと唇に柔らかいものが触れた。呉島が拒まないと分かると、そっと舌が入ってくる。唇で捕まえようとすると離れていった。立花が拗ねたような声を上げる。
「……驚かないのか」
「これは、そういう流れだとわかりますよ」
「なんだ。面白くないな」
呉島は目隠しを取った。立花の頬を引き寄せてもう一度キスする。
「立花さんは、男、平気なんですか」
「どちらかというと男のほうがいい」
「嬉しいな」
夢中でキスを繰り返しながら、呉島はずっと聞きたかったことを立花に尋ねる。
「好きな子いじめだったと思っていいんですか」
「なにが」
「俺にずっと冷たかったこと」
「……そう思ってくれていい。君を初めて見たときから好きだったのに、うらやましくて。つい、厳しい態度をとってしまった」
「うらやましい?」
呉島は立花の言葉に驚いて、彼の顔を見た。立花はそっと目を伏せる。
「君は自由だろ。専門誌の編集者でつきあいも広くて楽しそうだし、自然体でふるまっているのに誰からも好かれる。顔もいいから女にも男にもモテそうだ。……俺みたいに周囲が希む役割を果たさなくていいし、ひとつのところに縛られてもいない。それがうらやましかったんだ」
立花の話を聞きながら呉島は、彼のおかれた境遇を思う。父が興した美しい植物園を、双子の兄とともにほとんど当然のように受け継いだ。しかし独立して間もなく兄は死んでしまった。メディアにもてはやされ、取り巻きにちやほやされる裏では、面倒なことも本意でないことも多くあっただろう。それを立花はひとりで引き受けてきたのだ。
呉島は立花の身体を腕の中に収めた。立花も身を寄せてくる。彼の腕が背中にまわってきた。立花の身長は自分とあまり変わらない。細身だがほどよく筋肉のついた身体つきをしている。そして昨日と同じ精油をつけていた。好きな香りにまた理性が飛びそうになる。無意識のうちに力いっぱい抱きしめていたようで、立花が苦しそうに身じろぎした。
「離してくれないか」
「離れたくない」
「撮影の時間だろ」
「……そうだった」
呉島は身体を離し、もう一度立花にキスをした。
「立花さん、今夜、空いてますか」
「えっ」
「今夜、立花さんの部屋に行ってもいいですか」
立花の住まいが植物園の敷地内にあるのを呉島は知っている。立花は戸惑ったように目をそらして口ごもり、それから小さくうなずいた。
「ここ、鍵をかけて出るから呉島君は先にガーデンに戻っててくれ。今夜のことは……後で連絡する」
「わかりました。待ってます」
呉島はそっとアトリエを出て植物園に戻った。
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