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それから一歩、二歩と後退し、湯船から逃げるように離れた後、ガラス戸に触れたところで胸を押さえ始めた。
「あっ……あ、あがっ……ぐっ!」
蒼から赤紫に変色した顔色は、口から泡を吹いた後、再び蒼に戻った。
男はよろめき、そしてガラス戸の先、脱衣所の床に倒れ、動かなくなった。
「………な、何?」
突然立ち起こった不測の事態に、麻衣美は助かった安堵よりも先に戸惑いで動転した。
自分を襲おうとしていた男が、急に泡を吹き、胸を押さえて苦しみだしたのだ。
「え……?何が起こったの?何が……」
背後に、何か赤黒い気配を感じる。
これはいつかも感じたことのある気配だ。
ドクドクと高鳴る鼓動を抑えつつ、麻衣美はゆっくりと首を横に向ける。
要二朗の母の言葉の続きを思い出す。
『………でも、その男だけでなく、あなた自身も驚くかもしれないから、あなたは後ろを見ないようにね……』
『……あなたの一番邪念が強かった瞬間を利用したまじないよ……』
自分の背後、振り返った先。
あの時、ミカコに死ぬほど蹴られ踏まれて、胸を塗られ遊ばれた時。
また、有希が要二朗に胸を裂かれそうになった時。
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