僕には姉がいない

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僕には昔から、『声にならない声が聞こえる能力』みたいなものがある。 一番最初に聞こえたのは、幼い頃に近所のいじめっ子に絡まれた時だった。 僕の襟元をいじめっ子が掴む。それと同時に「早く逃げなよ」と声が聞こえた。 てっきり誰かが助けてくれたのかと思い、僕はいじめっ子の手を振り払い、その声の言われるがままに逃げた。 必死に走って家について、ふと思った。あれは誰の声だったのだろう?と。 中学生の時、受験勉強をサボってラジオを聴いたり、漫画を読んだりしていた時も。 「勉強しなくていいの?勉強しないと父さんや近所のパッとしないおじさんみたいになっちゃうよ」とか。 「もう少し部屋片付けた方が良くない?そんなんじゃモテるものもモテないよ」 最初はビックリしたし、説教されているみたいで無視していたんだけど、この人(?)の言い分はすごく正しい事だったので徐々に僕はその声に従うようになった。 その声は明らかに女の人の喋り方だった。でもそれは正確に言うならば、声ですらない。勝手に頭に流れ込んでくる情報のようだ。 僕はいつからかその声(のようなもの)を姉の声であると思うようにした。 お節介で優しい姉。 と言うのも僕は一人っ子なんだけど、僕が産まれる前に一人女の子を流産してしまった事を母親から聞いていたからだ。 その姉の声の言う通りに行動すると大体うまく事が運んだ。 僕はそれなりに受験勉強をし、無事に大学に入り、そして卒業し、地元の優良企業に就職した。 僕の姉(仮想)はお節介で優しい。 この謎の声の正体は何も分からないけれど、誰かに守られているという漠然とした雰囲気を感じる。 ほんとうに姉がいれば良かったのにとも思うけど、ほんとうの姉がいたらしょっちゅうケンカしそうだ。それに仮想の姉は僕がどこにいても、必要な時に必要な忠告をしてくれる。ほんとうの姉だとそうはいかない。 僕は幸せを感じる。 僕はこの先もこの声を聞き、生きていくんだろう。 ほんとうのところはどうであっても。
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