フレンズ 〜イジメられるとお金がもらえる世界〜

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 授業が終わった後の体育館裏に差している日差しには特別なバリアを感じる。でも、もうじき運動部の人達が着替えを済ませて体育館にやって来る。そうすると、暑い体育館の中に風を引き込む為に、私が座っている後ろの大きな鉄製の扉は全開になり、私たちの居場所は一気になくなってしまう。  今のたった十分程度の時間だけが、私たちの一日で一番平穏な時間。  その静かな時間を誰にも邪魔させないように木漏れ日が守ってくれているように感じる暖かさ。  何でこんなにも落ち着いているのか自分でも不思議だけど、今日の木漏れ日は今までで一番暖かくて気持ち良く感じた。 「松葉ちゃん」  後ろから耳に触れるか触れないかくらいのか細い声がした。静香ちゃんが小走りでコソコソとこっちにやって来る。  彼女はそのまま無言で私の隣に座った。お互い口下手な為、これと言って会話の糸口を掴めないまま、ただボーッと同じ方向にある覗き見防止用に植えられている植樹を眺めていた。  本当なら、このままずっとココでこうしていたい。  でも、それはできない。  あと数分で、運動部の人達が来てしまう。 「今日、どうだった?」  後ろにそびえ立つ鋼鉄の扉にビクビクしながら、静香ちゃんが私に聞いた。こんな所をもし誰かに見られたらと思うと、気持ちが焦って、呑気にボーッとなどしていられない。さならが、敵国のスパイ同士が情報交換をしているような気分だ。 「ボチボチかな」 「そっか」 「うん。静香ちゃんは?」 「私も……ボチボチ」  そう言った、静香ちゃんのメガネの柄の部分に接着剤らしい塊が見えた。 「メガネ、どうかしたの?」 「体育の時間にボールぶつけられて、それで割れちゃったから応急処置。曲がらないからメガネケースに入れられなくなっちゃった」  そう言って、静香ちゃんはメガネを外して、私にその部分を見せてくれた。  私は眼鏡よりも静香ちゃんの苦笑いしている横顔がふと目に入った。  静香ちゃんは良く見ると凄く綺麗な顔をしている。  髪型や垢抜けない外見、自信が無く引っ込み思案な仕草が雑草みたいに彼女の美しさを隠している。  だけど、これだけ間近で横顔を見れば、誰でもその魅力に気付く。静香ちゃんはきっと大学とかに行って、垢抜けたら美人になる。  きっと、彼女を虐めている奴らも、無意識にそれがイライラするんだと思う。 「お金ないから、しばらくこれ掛けないといけないよ」  彼女はニコニコ自虐的に笑いながらまたメガネをかけた。その顔が愛くるしい。  私と同じで静香ちゃんも母子家庭らしい。  随分前から私たち二人は、放課後、学校を出て行くと見せかけて、この体育館裏で会うようになった。  その日も私はクラスの女子達からイジメを受けていた。放課後、家に帰るのが憂鬱だった。家に帰ったら、あとは明日になるのを待つだけになってしまう。  それが憂鬱で堪らなく、ふと校門手前に見えた細い路地を歩いて、この体育館裏に来た。別にここに長居するつもりでは無く。ただ、校庭一周くらい時間を潰してから帰ろうかと思っていたくらいの気持ちだった。  体育館の脇を通り、体育館裏に曲がると、そこに静香ちゃんが座っていた。 「あ」  私は思わず声が出た。小学校は別々で、中学でも同じクラスになった事はなかったけど、彼女の名前と顔はずっと知っていた。 『私と同じようにイジメに遭っている娘』と一年生の頃から遠くに見ていた。  きっと彼女も同じように私の事を意識していたんだと思う。彼女も歩いてくる私を見るや「あ」と小さい声を出したのだ。  それから私達は、どっちが言うわけでも無く、放課後の数分だけをここで会って、その日の情報交換をするのが日課になった。  一緒に帰ったり、外の喫茶店とかで会ったりはできない。もし見られたら、「共闘を始めた」と勘違いされ、また酷い目に遭わされる。  絶対に安全と言えるこの数分だけが私達の癒しの時間だった。  でも、それも私は疲れてしまった。 「あのね、しず……」 「松葉ちゃん、何かあった?」 「え?」  私はドキッとした。 「な、何で?」  心臓が高鳴りながら、言葉を返した。心の声を鷲掴みにされたような、彼女の言い方だった。 「なんか、今日、元気ないと思って、松葉ちゃん」 「げ、元気ないのはいつもの事だよ」  私は苦笑いで誤魔化した。  ずっと顔を合わせて来たけど、何で今日に限って静香ちゃんはこんなに勘が鋭いんだろう? 「あ、そろそろ行かないと」  私はその場を逃げるように、スカートの土を払いながら立ち上がった。  彼女だけにはお別れを言いたかったけど、もうそんな事言える雰囲気じゃ無くなった。 「松葉ちゃん、明日も来るよね?」  静香ちゃんはずっと私の顔から視線を外そうとしない。直感で「勘付かれてしまった」と悟った。 「うん。来るよ」  素っ気なくテキトーに答えて、私は一歩一歩、その場を離れた。あまりにも動揺しすぎて、挨拶をすることすら忘れていた。  でも、もういいか。  これから死ぬんだから。  後ろを振り返ってもいないのに、静香ちゃんの視線が背中に当たっているのがわかる。  背中にチクチク当たる度に「行かないで……」って言う彼女の声が聞こえる。  ごめんね、静香ちゃん。  私はもう限界なの。  だから……あとは一人で頑張ってね。  彼女と別れ、一回、昇降口近くの女子トイレに身を隠した。三十分ほど、登校鞄を抱きしめながら、ただただ目を瞑って何も考えず、外から聞こえてくる同級生達が部活をする声を聞いてした。  これだけ無限に響く人間の会話の音の中、その何処にも私は存在していない。  目を開けて、トイレを出て、誰もいない校舎の階段を登って行った。  職員室のドアをソッと開ける。  先生のはこの時間、部活に行くか、授業後の一息をつく為、ほとんど職員室にはいない。  東側の入り口のすぐ左の壁に大量に掛かっている鍵の中から、「屋上」と書かれた青いプラスチックのキーホルダーが付いた物をソッとポケットに隠して、廊下に出る。  学校でこんな悪事をしたのは生まれて初めてだ。  でも、それが私の人生最後の日になるなんて。  そのまま誰にも会わないように階段を急いで登り、屋上のドアを鍵で開けた。  南側の校舎の向こうから運動部が練習する喧騒が聞こえてくる。私の胸くらいの高さのフェンス越しに下を見ると、真っ黒なアスファルトが海のように広がっている。  一瞬脚がすくむほどに恐かったが、だからと言って花壇などに落ちてしまったら一命を取り留めてしまうかもしれない。  大きく息を吸って、フェンスを乗り越えた。どうせ死ぬのに、無駄にずれたスカートを直し下を見た。  先生達の車が数台停まっているが、そのほかは全部真っ黒な海。  下を見ないように目を閉じて、大きく息を吸い、飛び込むために思いっきり足に力を溜めた。  さっきまで脳裏にチラついていた静香ちゃんの顔でさえ、不思議ともう私の世界から消えていた。  やっと楽になれる。  そう思って、足でコンクリートの地面を蹴ろうとした時、 「いました!」  遠くから大人の男性の声が聞こえた。  そして、熱くて大きくてガサガサした物が、私の右腕を物凄い力で握ってきた。 「うっ」  飛び降りようとした私は、突然の衝撃に驚いて、その場に倒れ込んだ。 「捕まえた!」  目の向こうから大人の男性の声。    先生?    でも目を開けてそこに居たのは、見た事もない大人の男性。多分、お父さんが生きていたらこれくらいの年齢、色黒で恰幅のいい人。  その後ろから、数名のスーツ姿の男性と女性がこっちに向かってくる。 「おい、引き上げるのを手伝え!」  色黒の男の人の声で後ろの数名が私を取り押さえ、私は漁師に釣られた大きなマグロみたいにフェンスの内側に戻された。 「間に合って良かった」  色黒の男性は額の汗を拭いながら、そう言った。 「色鳥松葉さん、で間違いありませんか?」 「え、あ、はい」  男性は私を見て、そう言った。  どちら様ですか? と聞くチャンスも与えられないまま、私は他のスーツを着た人に立ち上がらされた。 「少しお話よろしいでしょうか?」
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