フレンズ 〜イジメられるとお金がもらえる世界〜

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「土師さん」  倉庫に入って来た美月。やっぱり、あの二人のことが心配で、昨日はあそこに居たんだ。  もしかしたら、もっと前からずっと心配していたのかもしれない。 「何で来るのよ」  私の横の清水さんがぼそっと舌打ちと一緒に呟いた。 「助けに来たんじゃないんですか? 友達を」 「今日は事を荒立てないで欲しかったってことよ」  倉庫に入って来た美月の顔は、明らかに怒っている表情をしていた。 「松葉、何があっても声出しちゃダメよ」 ──何があっても──  昨日、清水さんは『土師美月が学校を辞めるか、死ぬまで終わらない』と言っていた。 「土師さんがここに来るのは、平良さんの予定通りだったんですか?」 「私達はあくまで外野。そればっかりは顛末を眺めるしかないわ」  倉庫に入って来てから、美月はまだ一言も喋っていない。絶対に怒っているのにそれが不気味で、平良さん達も、どう切り出そうか迷っているように見えた。  美月は倒れている自分の取り巻きだった二人を見下ろし、近くにあった静香ちゃんの教科書を手に取った。  教科書をめくって、眉を細める。 「海道の教科書がいつも汚れてたが、お前がコイツらにやらしてたのか?」  美月が平良さんの方を睨んで言った。 「はぁ、何を言ってんですか、美月ちゃん?」  平良さんは美月の憤りをいなす様に惚けた顔をしていた。どこまでも人を小馬鹿にしている。 「ソイツらが静香の事をしつこくイジメてるから、少しここで懲らしめてやったんだよ。むしろ、お前がちゃんとソイツらを躾けておかないからだろ?」  平良さんがそう言うと、平良さんの取り巻きがクスクスと笑い出した。 「やっぱり、平良はずっと土師美月を挑発していたのね」  その一連の流れを見て、清水さんが呟いた。 「平良は、土師美月の取り巻きだった二人を脅迫し、海道静香の身の回りのモノを落書きさせ、表向きは海道静香がイジメられている様な形を作っている」  それはさっきから見ていて分かっている。 「でも、実際は逆。  土師美月の取り巻き二人は脅迫されて、イジメさせられている。そうする事で、海道静香にはお金が入るし、土師美月を周囲から痛ぶって、精神的に追い詰めていた」 「じゃあ、この状況は平良さん側が狙っていた状況って事ですか?」 「多分、アナタが言ってた『土師美月を潰す』って言うのは、これから始まるのね。よりによってこんな日に忍び込んじゃった」  私は悔しがっている清水さんを見て、不思議に思った。 「チャンスなんじゃないんですか?」 「仮に事が大きく動いても、私達じゃ何もできないわ。土師美月が痛ぶられるのを見ているしか」  そうだ。  私達は作戦も何もなく、今日はここに情報集めに来たんだ。その情報を集めている時に、戦争が始まってしまったようなものなんだ。  美月は平良さんの返事を聞いても、ずっと教科書から視線を外さない。 「本当か、お前ら?」  地面の自分の取り巻き二人に言っている様に聞こえたけど、美月の視線はずっと教科書のままだった。  私にはなんとなく、『自分に着くか、平良さんに着くか』と美月が尋ねている様に聞こえた。 「ええ……阿雲さんの、言った通りです」  美月の取り巻きの一人が弱い声でそう言った。 「ほらな。ソイツらもそう言ってるんだから。まさか、美月ちゃん、お前が命令した訳じゃないよなぁ? まだ、静香に根に持ってたの?」  平良さんはケラケラと笑いながら、美月に勝ち誇った視線を送る。  美月は持っていた教科書を床に放り投げ、平良さんの方へ一直線に歩いて行った。そして、平良さんの顔をグーで思いっきり殴った。  意表をつかれた平良さんは、さっきまで寝そべっていたマットに倒れ込んだ。 「何すんだ、テメェ!」 「ウチらも付き合いが長いからな。色々と決め事があるんだよ。イジメが先生にバレそうになったら、口裏をその場で合わせるための方法ってやつが。『はい』なら本当にはい。『ええ』って返事の時は本当は『いいえ』だって。そうやって、先生の視線を掻い潜ってたんだよ」  美月のグーが再び、平良さんの顔に入った。  それでキレた平良さんが今度は美月のお腹を蹴り上げて、美月が後ろに吹っ飛んだ。  しばらくの間、二人の殴り合いが続き、他の取り巻きの人たちは呆然とそれを見ているだけだった。 「不味いわね」  清水さんがぼそっと言った。 「不味いって、何がですか?」 「ずっと平良の取り巻きがスマホで撮影してるのよ」 「え?」  その時、大きな音がして、美月が平良さんの上に馬乗りになった。喧嘩のことはよく分からない私でも、なんか美月が勝ってる気がする。 「もう二度とコイツらに変な事はさせないって約束しろ」  美月は容赦なく、平良さんの首を絞めている。  跳び箱からだと見えないけど、平良さんらしき苦しそうな声だけが聞こえる。美月は取り巻きを守るために、本気で首を絞めているようだ。 「不味い。あいつ、本気でキレちゃってる」 「土師さんがですか?」  その時、美月の後ろから、平良さんの取り巻きがそーっと近付いていのが見えた。手には掃除用のモップを持っている。  そのモップを美月の後ろで、頭上へ振り上げた。 「だ(めっ)!」    思わず、私の声が出そうになった時、清水さんが私の口を塞いだ。  美月は私の声が聞こえたのか、周りをキョロキョロし始めたけど、モップはもう振り下ろされていた。  ゴォン。  鈍い音がして、美月が床に倒れ、平良さんが咳き込みながら起き上がった。 「土師さん」 「黙って」  美月は頭は免れた様だが、肩を押さえてうずくまっている。  この状況、どう考えても絶対にマズい。 「この馬鹿力」  うずくまった美月を平良さんが何度も蹴った。  美月は反撃ができず、ずっと身動きも取れない様子で痛そうな声を上げている。 「おい」  平良さんは散々殴った後、美月の取り巻きの方を睨むように見た。二人は平良さんに睨まれ、ビクッと顔を上げた。 「お前ら二人に最後のチャンスをやるよ」  最後のチャンス? 「お前ら二人を今日から、美月ちゃんの飼育員に任命する。  今日まで私らがお前らにしていた調教を今日、この場からお前ら二人で美月ちゃんにつけてやれ。そうすれば、お前達二人が映っている動画は消してやる」  平良さんの言葉に美月の取り巻きの二人が顔を見合わせた。  平良さんは、二人に自分の取り巻きが持っていたモップを投げた。 「忠誠の儀式だ。それで美月ちゃんを殴れ。それができたら、お前ら二人は晴れて、ウチらの仲間ってわけ」  美月の取り巻きがモップと美月を交互に見ている。「どこのギャングよ」と清水さんは呟いた。  冷静な清水さんとは裏腹に、私の体の内臓は全てバクバクと今にも爆発寸前なくらいに暴れていた。  その瞬間、清水さんが私の両目を手で塞いだ。 「アナタはもう見ない方が良いわ」  清水さんに目を塞がれた私、それからチャイムが鳴るまで、美月の鈍いうめき声が二回聞こえて来た。  見えなかったけど、私の頬に涙が流れてるのが分かった。  自分でも不思議な気分だった。あんなに死んで欲しいと思っていた美月が、これだけ地に落ちたにも関わらず、何で泣いてるんだろう。  平良さん達は、チャイムが鳴るとすぐに教室へ戻って行った。 「五時間目は休むしかないわね」  清水さんがスマホを弄りながら言った。  平良さん達は行ったけど、美月はまだ倉庫の中で蹲っている。  しばらくして、美月は立ち上がり、一人で肩を押さえながら、倉庫を出て行った。  私と清水さんはしばらく跳び箱から出れないで、無言でその場にずっといた。  目に焼き付いて目を瞑っても離れない。  仲間を助けに来た美月。  モップで殴られて倒れる美月。  その美月を裏切った、美月の取り巻きだった二人。  そこからは見ていないのに、ショックが大きくて、自分の目で本当に見たように頭に想像の映像がこびりついている。  一人、傷だらけになって倉庫を後にする美月の後ろ姿。昔の私を見ているような寂しい背中。 「ねぇ、清水さん」 「なに?」  私は多分、幸せ者なんだ。  あんなに死んで欲しいと思っていた、私をイジメていた美月が地獄に落ちる瞬間を見る事ができたんだから。 「私と土師さんって、友達になっちゃいけないのかな?」  でも、そんな幸せ者の私の心の中は『あんな美月を見るくらいなら、ずっと私が彼女にイジメられていた方がマシだ』と思っている。 「アナタって変わってるわよね」  清水さんは跳び箱の蓋を開けて立ち上がった。  スーッと気持ち良い風が吹いて、汗がひんやりした。 「変かな、やっぱり」  清水さんはしばらく黙って考えているようだった。 「まぁ……アナタにしかアナタの気持ちなんて分からないものね」  体育倉庫のドアを開けると、さらにひんやりした風が体を通り抜けた。  気を抜くと情報過多で倒れそうなくらいに、美月が全てを失った姿が脳裏をぐるぐる回る。  友達だったら、素直に悲しんで彼女を後ろから抱きしめたりできるのに。  私にとって、今の美月の姿はイジメっ子だった頃よりも、遥かに残酷だ。  翌日、美月は学校に来なかった。  それと風の噂で、美月のお父さんの会社が倒産したらしいと聞いた。
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