フレンズ 〜イジメられるとお金がもらえる世界〜

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「お邪魔させていただきます」  ただでさえ、他人を自宅に招き入れた経験がないのに、阿雲さんら大人相手にどうやって振る舞えば良いのかが分からない。  リビングでいいのかな?  それとも私の部屋に来て貰った方がいいのかな? 「お茶などはお構いなく。まだ、仕事中ですので」  阿雲さんの部下の女の人がニコッと微笑みながら言ってくれた。スーツが似合ってて美人でスラーっとしててカッコいい女性だ。文部省の人って事は、凄く頭もいいんだろうなぁ。 「早速ですが、こちらに着替えていただけますでしょうか?」  阿雲さんがそう言って、若い男の部下の人が持ってきたスーツケースから取り出したのは、私の学校の制服だった。 「着替えるって、それ制服ですよね?」 「今、色鳥さんが着ている制服に少し仕掛けを施したモノです」 「仕掛け……?」  阿雲さんがそう言っている後ろでリビングのテーブルに男性の部下の方が色々な書類を出している。 「それと、こちらの書類に捺印をお願いします」 「書類って……」 「守秘義務など、これからのサンプルになっていただく同意書など、そう言った書類です」 「ハンコとか持ってないんですけど」 「拇印で構いません」  男の部下の人がテーブルの上に朱肉を出した。  私の心臓がブルッと動いた。  何か、本当に大きな事が起ころうとしている恐怖と期待が入り混じった不思議な感情で体が重くなった。  テーブルの向かいに正座して、私は書類に捺印して行った。 「課長、終わりました」  私が新しい制服に着替え終えると、席を外していた女性の部下が戻って来た。 「あの、何を?」 「アナタの部屋に監視カメラを付けさせていただきました」 「えっ」 「誤解しないで下さい。アナタの精神状況を確認する為のもので、プライベートまで覗くつもりはありません」  阿雲さんがそう言っている後ろで、男性の部下の人はノートパソコンを広げている。  私がボーッと突っ立っている間に三人はどんどんと工程をこなして行き、私の頭は追い付かない。  簡単に引き受けてはいけない事だったんじゃないだろうか? 「サンプルの内容をお伝えする前にこちらをお渡しします」  阿雲さんは私に預金通帳と二枚のカードを私に差し出した。 「なんですか、これ?」 「報酬を支払うのに使う預金通帳とキャッシュカード、あともう一枚がクレジットカードです。そのカードを使えば、その口座からダイレクトで買い物ができるようになっています」 「クレジットカードって、大人の働いている人が持つモノなんじゃ?」 「サンプルとして働いていただくわけですから、色鳥さんのする事は立派な仕事です」  後ろでパソコンをいじっていた男性の部下が「問題ありません」と言うと、阿雲さんは一度頷いた。 「では、色鳥さんにしていただく仕事の説明をさせていただきます」 「あ、はい」  私は思わず、その場で正座をしてしまった。 「サンプルとしてやっていただく仕事は、今日までと同じように学校でイジメに遭っていただきたいんです」 「え? それじゃ……救済するって言うのは」 「先ほど、車の中でも言いましたが、イジメを撲滅する方法は現時点ではありません。ハッキリ言ってゼロです」 「じゃあ、今日までと何も変わらないじゃないですか」 「いえ、それは違います」  阿雲さんの声に続いて、後ろの男性がパソコンの画面を私に見せるように、こちらへ向けた。  そのパソコンには、阿雲さんとその後ろの男性の映像が映っていた。と言うか、今、私は見ている景色そのモノが映っていた。 「アナタに着て頂いた制服には小型の隠しカメラが付けられています。それだけで無く、学校にもあらゆる場所に小型のカメラを幾つも設置しました」 「それを証拠にして、イジメている人を何とかしてくれるんですか?」 「いえ」 「じゃあ、どうなるんですか!」 「先ほど、お渡しした通帳。アナタがイジメられる度にそちらの口座に報酬として、お金を支払います。つまり、アナタは明日からイジメられるのが仕事になります」 「仕事?」 「このような取り組みは昔から良くあります。長期間の閉鎖的付き合いを強いられる環境では『ワザと嫌われる人間』を一人作り、他の仲間の結束を固めると言うモノです」 「私に、その嫌われる役をやれって事ですか?」 「その通りです。  ただし、これは『ワザとイジメられろ』と言う事ではありません。サンプルのアナタがどう言う行動をし、それが周りにどう言う影響を及ぼすのかも、我々は観察したいと考えています。  アナタの行動に特別何かを強いると言う事は一切しません。ただ、今日までと違い、イジメられる程にアナタには給料が入ると言う事です」  お金が貰える    そんなのが、あの地獄みたいな日々の救いになるんだろうか?  この人達はイジメられる人間の辛さを知らないんだ。  見るからに才色兼備な人達。どちらかと言えばイジメる側に立つ人達だ。  私の置かれている立場なんて、知りもしないんだ。 「そろそろ、お母さんが帰ってくる時間ですので、我々はこれで失礼します。最後にこちらをお渡しします」  阿雲さんはそう言って私に薄くて四角い物を差し出した。 「これ」 「スマホです。調べたところ、色鳥さんはお持ちでなかった様なので、こちらで作らせていただきました。  すでに私と部下の二人の連絡先は入力されています。銀行のアプリなども。分からない事がありましたら連絡ください」  阿雲さんたち三人は、まるで誰も来ていなかったように、何一つ痕跡を残さず、私の家から去っていった。  それから十分後、何も知らないお母さんが、いつもの様に仕事から帰って来た。  私はいつも様にお母さんを迎えた。  本当なら、私が死んでいたはずの事もお母さんは知らないで、夕飯の支度を始めた。  お給料が貰えるなら、少しはお母さんの手助けになるかもしれない。  
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