フレンズ 〜イジメられるとお金がもらえる世界〜

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 翌日。  教室に入ると、また周りからクスクスと笑い声が聞こえてくる。たまに耳に入ってくる言葉の端々で、私のことを馬鹿にしているんだと分かる。  机に忘れて行った教科書に変な落書きが書かれている。机の中にゴミまで捨てられている。  不思議な気持ちだ。  昨日まであんなに陰鬱な気持ちになったのに、今日は何とも感じない。  何で、今までこんな事にビクビクしていたんだろう?  教科書に落書きされたからって、何なんだろう。私の物だけど、別に代わりの教科書なんて買えばいくらでもあるのに。  どうでも良い。  やりたいだけやってくれれば良い。  アナタ達のイジメは全部、私のお金に変わるから。 「よう。松葉ちゃん」  美月の声がする。  いつもの様に取り巻きを連れた美月が私を馬鹿にした笑みを浮かべて立っていた。 「おはよう」  思わず声が出た。  まるで昨日まで毎日挨拶を交わしていたように自然と声が出た。 「は?」  私の挨拶と同時に美月の表情が変わった。  何を驚くことがあるんだろう? 朝のこの時間、日本で一番使われる言葉なのに美月がビクッとなって、表情が強張っていく。まるで大人しい犬の頭を撫でようとしたら、吠えられたような顔をしている。 「どうしたの、美月?」  美月の態度に、後ろの取り巻きが不思議がっている。  いつもなら美月が私に何か一つ嫌がらせをして、取り巻きが笑う。それが合図となって、今日の私へのイジメが始まる。  なのに私の挨拶のせいで、美月がそのタイミングを逸してしまったようだ。  美月は目をキョロキョロさせ、何も言葉が出てこ無くなっている。 「どうかしたの?」  私が美月の目を見ながら尋ねた。  それにイラッとした様子の取り巻きが「なんだ、テメェ」と威嚇するように机を蹴って来た。 「よせ」  美月が咄嗟に静止させる。私がビクビクしていない事を警戒ている様子だった。  あらためてこう観察すると、美月はやはり頭が良いのだと感心する。普段から私や周りの小さな挙動を見て計算して動いているんだろう。  美月って凄い子だな。  私の心にそんな感情が生まれていた。イジメられている相手を冷静に褒めてしまった。 「今日は機嫌がいいみたいだな、松葉ちゃん」  美月が私の肩に手を回して顔を近づけて来た。  どこか無理やり、いつものペースに持っていこうとしている強引さを感じた。  しかし、そこでチャイムが鳴った。  その時、私の頬に美月の小さな息の塊がかかった。 「じゃあ、今日も学校生活をエンジョイしような、松葉ちゃん」  美月がホッとした顔をしていた。さっき頬にあたったのはその息だ。  彼女も今の地位を守る為に、水面下で大変なんだと思った。  鴨が水面を漂う時、水中では必死でバタ足しているアレを思い出して、笑いそうになった。  楽しむ。  今日はどんな酷い事をされるんだろう?  きっと、美月も取り巻きの期待に応える為に、色々と私への嫌がらせを考えているんだ。  もしかしたら昨日よりも酷い事をされるかもしれない。  そうしたら、昨日よりもたくさんお金が貰える。  お母さんに何か買ってあげられるかもしれない。  そう考えたら、私は嬉しくなって、クスッと笑みが溢れてしまった。 「っ!」  声にならない小さい声が聞こえ、私が顔を上げると、美月の表情がさっきよりも強張っていた。  笑ったところを見られたのかな?  いけない。  ちゃんとイジメられないとお金が貰えない。 「お前……何かあったのか?」  美月が私に聞いて来た。  さっきまでの私を高みから馬鹿にしている様な口調じゃなかった。私と同じ対等の目線で話している様な声色。 「別に」  先生が教室に入って来た。  美月は舌打ちをして、自分の席へ戻って行った。  危なかった。  この女、油断しちゃダメだ。  いつも通り、怯えている素振りをして、イジメられないと。  その日の美月のイジメは昨日までと変化は無かった。  私のことを殴ったり、トイレの中で水を掛けて来たり、私の私物を壊したり、それくらいだった。  美月の取り巻きや、脇役のクラスメイト達は無様な姿になった私を見て、いつも通り笑っていた。  そうやって笑って馬鹿にすればいい。  今頃、私の口座にはまたお金が入っている。お母さんに洋服とか買ってあげられる。私も欲しかった漫画とか全巻まとめ買いとかしてみようかな。  笑って、もっと私を馬鹿にしてよ。  ずぶ濡れになった前髪越しにみんなの顔を覗いたら、馬鹿な顔を浮かべている奴らの中心で美月が一人だけ笑わずに、私を睨みつけるように見下ろしていた。  何よ、その不満そうな顔は。  物足りないなら、もっと酷いイジメを考ればいいでしょ。  こんな変わり映えのしないイジメしか思いつかない、あなたが悪いんでしょ。  取り巻き達が笑っている中、私と美月だけはしばらくの間、睨み合っていた。私の怒りが頭の良い美月には届いている様子だった。「なんだ、その顔は?」と美月の表情がどんどん鬼に変わって行くのが分かった。  放課後。  私は一直線に家へ帰った。  そして、パソコンを起動させ、今日の報酬を確認した。 「九万円?」    金額を見て肩を落としそうになった。  昨日よりも少ない。    スマホが机の中で震えている。阿雲さんからだ。 「本日もお疲れ様でした。報酬を振り込ませていただきました」 「あの」 「はい?」 「今日の報酬が昨日よりも少ないんですが、どう言うことですか?」  阿雲さんは、電話の向こうで少し間があった。 「内容は昨日と同じでしたが、イジメ方が昨日よりも弱かったのが原因だと思われます」 「弱かった?」 「映像を確認しますと、イジメの主犯格の生徒が昨日よりも攻撃的では無かった様ですね。そのせいで色鳥さんの被害も昨日より少なかった」  美月。  脳裏に過った美月の私を睨みつける表情を思い出して、またイラっとした。  何やってるのよ。  こっちはちゃんとイジメられているんだから、ちゃんとイジメてよ。 「ただ、まだ二日目ですが、こちらが想像していた以上に内容のあるデータが取れています。ありがとうございます。明日もよろしくお願いします」  そう言って阿雲さんの電話は切れた。 「土師美月ぃ」  私の口から舌打ちの音がした。  スマホを投げ付けたいくらい、凄く腹が立った。  アイツが手を抜いたせいで、今日の私の報酬が減ってしまった。  だけど……そもそも、朝、私が美月に勘付かれたのも原因である。これからは本当に気を付けて、オドオドとしていないと、美月にはすぐ悟られてしまう。  アイツ、ムカつくけど、本当に頭が良い。  しかし、翌日も、その翌日も、私へのイジメはエスカレートする気配もなく。ただ、同じような内容のイジメが繰り返されるだけだった。  しかも、美月は次第にイジメの輪に加わらず、取り巻きにやらせているのを、後ろから眺めている事が増えてきた。  報酬は初日をピークに日に日に下がって行った。  主犯の美月が率先しないと、馬鹿で想像力のない取り巻き達では大したイジメはできない。  私の目にも、表面上は笑っているが、内心は『美月、なんとかしてよ』と目配せをしている取り巻きの顔が見えていた。  これでは報酬は日に日に下がって行く一方だ。  美月がやる気がないと、あとは本当に芸の無いカスばっかりだ。    大人しくイジメられている私のフラストレーションも、ついに限界に達してしまった。 「いい加減にしてよ」  いつも通りトイレでいじめられていた最中、ついに私の怒りが口から言葉になって正体を表してしまった。  その日も美月は、取り巻きが私をイジメているのを後ろで眺めているだけであった。 「は? なんだよ?」  美月の取り巻きが、下らない顔をトイレの床にへたり込んでいた私に近付けてきた。なんの迫力もない薄っぺらい威圧の睨み顔。 「アンタなんかには話してないわよ」  濡れた髪の毛越しに私が睨むと、取り巻きは「えっ」と驚いた表情になり硬直してしまった。  それを合図にイジメていたはずの取り巻き達の声が一斉に消え、何もして来なくなった。  私は濡れた髪のまま立ち上がり、美月の方へ歩いていった。 「なんだよ?」  洗面台に座っていた美月が私を見上げて言った。  「足りないのよ」 「は?」 「こんなんじゃ足りなのよ! もっとちゃんとイジメてよ! やる気が無いなら、やって来るんじゃないわよ!」  私は美月の髪の毛を掴み、そのままトイレの床に投げ飛ばしていた。  床に倒れた美月と投げ飛ばした私を、取り巻き達が交互に見ている。 「何なんだよ、お前?」  美月が髪を乱した姿で立ち上がって、私の方へ向かって来た。 「何がですか?」 「最近のお前の態度。気持ち悪いんだよ!」  美月は声を震わせながら、私に向かって来た。 「気持ち悪いなら、いつもみたいに酷い事してよ!」  私と美月は揉み合いながら、トイレの壁やらあちこちにガンガンぶつかり、廊下に飛び出した。  美月の取り巻き達は、何が起こっているのか理解できていない様子で「やめなよ」と私と美月を止めようとしている。だけど、美月も私も、周りの人間なんて目に入っていなかった。  先生や他のクラスの生徒達も飛んできたけど、世界で私と美月以外存在しないように、廊下で延々と掴み合いの殴り合いになった。 「おい、やめろ! 土師! 色鳥!」  騒ぎにやってきた先生が間に入り、私たち二人は引き剥がされた。  先生に腕を掴まれても美月は息を切らしながら私の方を睨み付けている。  私はそんな美月を「来るなら来いよ」と睨み返した。 「おい、行くぞ」  だが、美月は舌打ちをして、取り巻きを引き連れて、その場を去って行った。  残された私は、先生に「何があったんだ?」と尋ねられたが、ハエの羽音程度にしか聞こえず、むしゃくしゃしたまま、私も教室へ戻った。  それを最後に、翌日から私へのイジメはピタッと止んでしまった。
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