20人が本棚に入れています
本棚に追加
夕陽が辺りを赤く染める頃。
『夕焼け小焼け』の歌があたりに流れる。毎日この時間になると、村役場のスピーカーから放送されるのだ。
「じゃあね、また明日」
「ばいばーい」
子供たちは手を振って各々の灯りのついた家に帰って行く。
電気が切れそうなのか、チカチカしている街灯の下を崇は一人歩く。
すると前方の電柱にもたれるように、一人の子供が俯いたまましゃがんでいた。
見たことのない顔だ、と崇は首を傾げた。
この小さな村で知らない子はいないはずなのに。
その子は下を俯いて動く気配がない。
もう夕陽が落ちて薄暗くなってきている。
早く帰らないと、帰れなくなってしまう。
「どうしたの、帰らないの」
崇が話しかけると、その子は驚いて顔を上げた。その顔に崇は息を呑んだ。
真っ赤な瞳。その瞳が崇をじっと見つめた。
「帰れないの」
「えっ」
迷子だろうかと慌てる崇。見たところ、まだ小学低学年のようだ。
「ちょっと人呼んでくるから待てる?」
「やだ、一緒にいて」
困ったなあ。
赤い目をしたその子は崇の腕を掴んで離さない。意外に力が強くて腕が痺れてしまうほど。
もう何分いるだろうか。辺りはすっかり暗くなってきていた。
一緒に歩こうとしても、イヤイヤと首を振るだけだ。
あたりの家から、美味しそうな煮物の香りが流れてくる。
この子の親もきっとご飯を作っているはずだ。そして心配しているだろう。
「ユウヒ」
ふと声が聞こえて顔を上げる。
するとそこにいたのは、手持ち燭台を持つ青年だった。
ベストを着て少し古めかしい服装。
「トバリ」
さっきまで腕を掴んでいた子が手を離し、その青年に駆け寄った。
「ずいぶん、探したんだぞ。この時間に出るなとあれほど言っておいたのに」
「ごめんなさい」
兄弟だろうか、崇はホッとする。これで帰れるはずだ。
二人の様子を見ている崇にトバリと呼ばれた青年が気づく。
「迷惑かけたね」
手を伸ばし触れてきた瞬間、崇の体にイナズマが走った。それは青年も感じたようで、二人とも顔を一瞬顰める。
なぜだろうかと崇はトバリの顔を見つめる。
蝋燭で照らされた瞳は左右違う色だった。
「…きみも一緒に帰ろう。おいで」
トバリが手を差し伸べた。逆の手に持つ燭台の蝋燭がゆらゆらしている。
崇はまるでその蝋燭と、トバリ自身に惹かれるようにして、その手を取った。
「もう探さなくても大丈夫だよ」
ようやく帰れるのか、と崇は安堵する。
三人の姿はそのまま、夜の帳に消えていった。
***
『チカちゃん、知ってる?昔、ここで小学生が夕方いなくなったんだって』
ヒソヒソとユミが隣のチカに話す。
『うん、聞いたことあるよ。それに先生が探している間に事故に遭って死んじゃったんでしょ?まだその子を探そうとしてて、幽霊が出るんだって』
怖いねぇ、とチカが体を震わせた。
すると、男の子が言う。
『もういないらしいよ』
不意に聞こえた声に、チカが気づく。
『へー。成仏したのかなあ…って、あれ?ユミちゃん、今の声だあれ?』
【了】
最初のコメントを投稿しよう!