8人が本棚に入れています
本棚に追加
/53ページ
校舎の二階、一番はしっこ。そこが邦楽部の活動場所。
途中通った吹奏楽部の部室前は、一年生で大にぎわい。
対して、こちら邦楽部の部室前。人の気配さえ感じない静けさ。
ううう。なんかすっごく入りにくい雰囲気。
ドアの前でちゅうちょすること三分。
さっきから、ドアノブに手を出したり引っ込めたりを繰り返してる。
だれか見てたら、完全に変な子だよ。
ええーい! 迷っていても仕方ない!
覚悟を決めて私はトントン、と小さくノックをした。
ガタガタッ、ドーン!
何かが倒れたようなすごい音!
……だ、大丈夫かな。
しばらく待っていると、ドアがゆっくり開いてメガネ女子が顔を出した。
部活紹介してた部長さんだ!
部長さんは、ずれたメガネを直しながら、あわててほほえんだ。
「ごめんなさい。だれか来るなんて思わなかったから、びっくりしてイスから落ちちゃった。あの、もしかして見学の方ですか?」
「はい。一年の花瀬みおりです」
「わぁ! どうぞ!」
目をきらっと輝かせた部長さんが、ドアを全開にして通してくれた。
中はこぢんまりした普通の部屋。
真ん中に離れて置かれたパイプいすが二つ。その上にお筝が置いてある。
「私は邦楽部部長、三年の立川夏芽です。よろしくね」
「は、はい。よろしくお願いします」
あわてて礼をすると、部長さんがにこっと笑った。
よかった。優しそうな人だ。
「あの、部活紹介の時に部員一名って説明されていましたけど……部長さんだけですか?」
きくと、部長さんは困ったように眉を下げた。
「うん。私だけ。去年までは、あと二人いたんだけど……やめちゃった」
「やめた? ……ケンカでもしたんですか?」
「ううん。ちがうよ。ただ、ここに来たら頭痛くなるし、やる気出ないって言って……まぁ、受験あるしね。二人とも上位校希望してたし」
部長さんはさみしそうにうつむく。
二人ともやめちゃったって……ほんとは何かトラブルがあったのかな。
女子同士っていろいろあるしなぁ。
小学校時代のトラブルを思い出してたら、部長さんがうれしそうに両手を組んだ。
「せっかく見学に来てくれたんだから、邦楽部らしいところ見せなくちゃ。私、ちょっと弾いてみるね。あっ、このイスに座ってください」
さささっと部長さんがパイプイスを出してきてくれた。
座ったら、緊張してた気持ちが少しだけほぐれてきた。
でも、部長さんは私よりも緊張しているのか、ふるえた手で譜面台に楽譜を広げ、爪をはめる。
それから、ふぅと息を吐いたあと、五の音が響いた。
続いてひきいろで音がふんわり変わって、三へとおりていく。
六段の調だ。お筝の世界では超~有名な曲。
一つ一つの音を丁寧に弾く部長さんの顔は、真剣そのもの。
ところどころつまったり、止まりながら一段を弾き終えたあと、部長さんは照れたように頭をかいた。
「……こ、こんな感じかな。まだうまく弾けなくて」
パチパチパチ……と私はすかさず拍手。
部長さんは、真っ赤になった顔をパタパタと手であおぎながら、私に向き直った。
「花瀬さんはお箏弾いたことある?」
「はい。私は家にお筝があるので、小さいころから弾いてました」
「えっ、そうなの? すごい! はずかしいな。私えらそうにさっき弾いちゃって」
「そ、そんなことないです。私もまだまだで……」
「じゃあ、ちょっと弾いてみて! 覚えてる部分だけでいいから」
部長さんにすすめられて、私はお箏の前に座った。
うーん。なんの曲、弾こう?
楽譜もないし、今、おばあちゃんに教えてもらってる曲のはじめだけ弾いてみようか。
左手を添えて、はじめの音を鳴らしたら、もう勝手に手が動く。
静かにはじまる花の曲。
途中でタタタと入る三連符がお気に入り。
頭の中で楽譜をめくって、三ページ目くらいまで弾いたら、
「あれ? 次なんだっけ?」
突然のド忘れ!!
手を止めてフリーズしてると、部長さんがパチパチと拍手をした。
「うまいっ! すごいね! びっくりした!」
部長さんが目をキラキラさせて、立ちあがった。
最初のコメントを投稿しよう!