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2. 邦楽部に入部します!
パンパンパンパン……
おばあちゃんが手をたたいてきざむ拍。
流れるように巾から一の音まで鳴らしたあと、五の音、次の九の押し手。
左手がおくれた! って思ったら、やっぱりおばあちゃんの手が止まった。
「ストップ。やっぱり、みおりは押し手が苦手だね。でも、他はきれいに弾けてたよ」
押し手っていうのは、左手で絃を押さえて、半音上の音とか一音上の音を出すんだけど、 結構、力がいって指も痛いし、むずかしい。
でも、ちゃんと決まると心がぎゅんってなるくらい、いい音が出る。
今日は久しぶりに、おばあちゃんのレッスン。
リビング横の和室に、お筝を出して練習中。
おばあちゃんの指導は、部屋の温度が上がるほど熱い!
「押し手は要練習だね。でも、トレモロはよかったよ。すごくきれいだった」
おばあちゃんがあごに手を当てながら言う。
トレモロっていうのは、人差し指の爪で行ったり来たりさせて音を続ける奏法なんだけど、私の一番の得意技なんだ。
「この前より細かい音が乱れずに弾けるようになったね。さすが私の孫! 上達が早い!」
ハハハッと高笑いするおばあちゃんに、私も思わず笑みがこぼれる。
と、思ったら、急におばあちゃんの顔がスンと引きしまった。
「しかーし! だからこそ、きびしいことを言わせてもらうけど、みおりの音はただ弾いてるだけの音だね」
「えっ?」
なんのことか分からなくて、ポカンとする。
「楽譜どおりに弾いてるだけ。心がない」
ぴしゃりと言うおばあちゃん。
ががーん。
弾いてるだけって……心がないって……
さっきのうれしい気持ちがしゅるるるとしぼんでいく。
「強弱も気をつけてるし、符号どおりに気持ちこめてるよ。あっ、さっきクレッシェンドがあんまりできてなかった?」
首をかしげると、おばあちゃんはきびしい顔をふっとほころばせた。
「ほほっ、まだみおりには難しいかな」
天井からおばあちゃんが降りてきて、お筝を弾き始める。
流れるような手つき。音が飛んでも迷いがない。
きれいで深い音、羽が落ちてくるようなピアニッシモの小さな音。
――あ、おばあちゃんの世界だ。
きいてると、すぐにおばあちゃんの音の世界にグイグイひきこまれる。
「死んでからもこうやって、みおりに指導できるなんて幸せだねぇ」
おばあちゃんがふわりと笑う。
そう。おばあちゃんは二年前に亡くなった。
今、目の前にいるおばあちゃんはオバケ。
なぜか私がお箏を弾くと、おばあちゃんが出てくるんだ。
どうしてかは分かんないけど、またおばあちゃんに教えてもらえるのはうれしい。
「そう言えばさぁ。この前、邦楽部見に行ったんだけど、変なオバケがいたんだ」
「ほう。私以外にかい?」
「うん。黒いオタマジャクシみたいなヤツ。お箏弾かせてもらった後に、ふいっと出てきてね……」
「ふぅむ。みおりが弾いた後にか……」
おばあちゃんは何か考えるように、窓の外をながめる。
「もしかして、みおりがお箏を弾くことと関係があるのかねぇ」
確かに、いつもおばあちゃんが出てくるのも、私がお箏を弾いた後だ。
私がお箏を弾く→オバケが出てくる?
まさかね。
「まぁ、それは置いといて。邦楽部、入部するんだね、みおり」
おばあちゃんがうれしそうに笑う。
「うん。学校でも弾きたいし」
「友達と合奏もできるし、いいじゃないか。ますますうまくなれるねぇ」
縁側からさしこんでくる、夕方のオレンジの光。
おばあちゃんがまぶしそうに手でひさしを作って、目を細めた。
いつも六時の合図で鳴る「夕空の帰り道」の音楽が町内放送で流れてきた。
この曲、実はおばあちゃんが作った曲なんだよね。
おばあちゃんは演奏も素敵だけど、作った曲も素敵だ。
……私もいつか、おばあちゃんみたいなお箏弾きになりたいな。
そのためには、もっと練習しなくっちゃ。
それにしても……弾いてるだけ、かぁ。
さっきのおばあちゃんの言葉がグサリと心にささる。
自分では譜面を見て、考えて、心をこめてるつもりなんだけどな。
でも……私の音とおばあちゃんの音がちがうのは分かる。
きっと今の私が何百回弾いても、こんな音は出せない。
あぁ。私、おばあちゃんみたいにうまくなりたい。
おばあちゃんの音楽をきいてたら、いっぱいいっぱい練習しなきゃって思う。
よぉし! ……邦楽部、入るぞ!
学校にいる時間だってバリバリ練習して、もっとうまくなるんだ!
がんばるぞってワクワクしてきて……ぎゅっと爪をはめ直した。
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