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翌日の放課後。
私は邦楽部の部室に迷いなく直行した。
「これ、入部届です。よろしくお願いします!」
入部届を差し出すと、部長さんは信じられないというように目を見開いた。
「ほんとに? 入部してくれるの? ありがと~! ありがとうっ」
部長さんの目がだんだんうるんできたかと思うと、がばっと抱きつかれた。
「ありがとねっ。ほんとに……」
「あの……そんな大げさな……ぐえっ……あの、苦しいんですけど……」
ゲホゲホ言う私に気づいて、部長さんがあわてて離れた。
「ご、ごめん。うれしくてつい」
ふえ~。部長さんから解放されて、体の力を抜く。
でも、こんなに感謝されるのって、なんだかくすぐったいな。
部長さんの気持ちがうつったみたいに、うれしくて気持ちがはねる。
「じゃ、早速、練習しよっか。あ、そうだ! その前に! あのっ、その……」
部長さんが言いにくそうに、そっと私を見た。
「花瀬さんのこと、名前で呼んでもいい?」
「えっ?」
「せっかく部活仲間になったのに、苗字呼びだとよそよそしいなって思って。あ、なれなれしいのキライって言うんだったら、このままでいいんだけどっ。私のことも『夏芽』でいいからさっ」
部長さんが少し顔を赤らめながら早口で言う。
「いいですよ。みおりって呼んでください」
けろっと言うと、部長さんが拍子抜けしたような顔で頬をかいた。
「よっ、よろしくね。みおりちゃん」
「はい。夏芽先輩」
「~~~~~!」
夏芽先輩が口元を押さえて、しゃがみこんだ。
「……ど、どうかしました?」
「う、ううん。あの……部の後輩ができたのって初めてで、しかも先輩とか呼んでくれるなんて……夢のよう……!」
「え……」
ぽわーんとうっとり顔の夏芽先輩。
どう返していいか分からずにいると、夏芽先輩がスッと立ち上がった。
「さて、みおりちゃん。一面しかないから、私と交互に練習しよう。先、弾いてみていいよ」
「は、はい……」
いきなり、普通モードに入った夏芽先輩。
とまどいながらも、お筝の前のイスに座って、ポケットから出した爪をはめる。
息をはいてから、おばあちゃんに教えてもらってる現代曲を弾いてみた。
楽譜を持ってきてないから、うろ覚え。
やっぱり押手がうまくいかなくて、へっぽこな音が出る。あぁ、まだまだ練習不足だなぁ。
でも、途中からは大好きなメロディで指が勝手に動く。
歌うように弾きなさいって、いつもおばあちゃんに言われてるところ。
一章だけ弾いて、顔をあげると、夏芽先輩がキラキラの顔でそばにきた。
「やっぱり、すっごいうまいね! あらためてびっくりしちゃった」
「いや、そんなことないです……」
「すごいなぁ……うう~! 私、がんばらなきゃな~。部長なのに下手だなんて」
夏芽先輩が頭をグシャグシャかきむしる。
あー……せっかくのきれいなストレートの髪がボサボサになってるよ。
……でも。
なんか、まっすぐな先輩だなぁ。
優しくて、素直で。いい先輩で良かった。
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