5話

3/3
前へ
/11ページ
次へ
 そこまで聞いた僕は、ポカンと口を開けた。意味を咀嚼(そしゃく)していると、横から笑い声が上がる。山田君だ。  鈍い僕はここでようやく、彼に遊ばれていたのだと察した。 「山田君、僕が勘違いしていると分かっていたなら、指摘してくれてもいいじゃないか!」 「いやあスミマセン。すぐにバレると思ったんですが、これがどうして、なかなか気付かないもんだから、つい」  つい、ではない。お陰で恥をかいてしまった!  そういえば、この宿に入る前に童歌を聞いた。妹がどうとか鬼がどうとかいう内容だったが、ワラメを歌ったものだったのか。 「ははあ、子供達を連れて来たのは僕を揶揄うためだな? 僕を混乱させるために、妹がいる子を呼んだんだ」  問い詰めると両手を合わせて詫びる。しかし、その顔は依然として笑っているので、謝意など微塵も感じられなかった。  更に詰ってやろうとしたところで、硝子戸が開いて遮られてしまう。まただ。これで三度目である。  いったい誰だ、と視線を向けて、すぐに不機嫌な表情を打ち消した。戸口に立っていたのは、なきこちゃんだった。 「あら、騒がしいと思ったら。珍しく繁盛していること」 「なきこちゃん……ああ、いや」  これは彼女の本名ではないのだった。モゴモゴと口籠る僕に代わって、与次郎さんが説明してくれる。 「昔話をしていたのだよ」  彼女は僕達の顔を見比べて首を傾げた。 「昔話?」 「ワラメの話さ」  ワラメと聞いた彼女はすぐに勘付いたようで、山田君を睨め付けた。 「兄さん、また意地悪をしたのね? まったく懲りないんだから」  どうやら初犯ではなかったらしい。おそらく僕のような余所者相手に、いつも揶揄っているのだろう。  妹に叱られた彼は、けれど消沈した風もなく、笑って頭を掻く。暖簾に腕押しな反応に彼女は溜め息をつき、僕の方へ向き直った。 「兄が失礼をしたようで。すみませんでした。私がきちんと名乗らなかったのもいけませんでしたね。改めまして」  山田詩真子(しまこ)と申します、と彼女──詩真子ちゃんは微笑んだ。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加