1話

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1話

 (せみ)がジィジィと喚いている。鼓膜を震わせるそれは自分を炙る音のようで、何だか肌がひりつく気がした。  通りには人っ子一人おらず、商店には閑古鳥が鳴いている。この炎天下に買い物へ来る者などいないのだろう。  日差しが眩しい。日光を遮るものはなく、僕は俯きがちに歩く。すると、どこからか歌が聞こえてきた。童歌らしいそれは妹が恋しいだとか、鬼がどうとかいう歌詞だった。  何だか君が悪い歌だなあ、と思ったところで、突然パシャリと足元に水がかかる。驚いて顔を上げた先には、一人の少女がいた。  綺麗な娘であった。十三歳くらいだろうか。まだ幼さが残っている。  真夏だというのに肌は白い。小枝を思わせる細っそりとした四肢も白く、それが水色のワンピースから伸びていた。あまりに白いので、唇が紅をひいたように赤く見える程である。幼い顔立ちと艶やかな赤が、奇妙な色気を作っていた。  はて、人がいないと思っていたのに、彼女はどこから現れたのだろう。  少女は大きな目を真ん丸にしている。次いで、赤い唇を笑みの形に歪めた。 「橋本さん、それですよ」  つい見惚れていると、背後から名前を呼ばれる。緩慢に振り返れば山田青年が立っていた。 「ホラ、向日葵が置いてある建物です。あれが俺んちですよ」  彼は首に巻いている手拭いで、顎を伝う汗を拭った。  言われて再び正面に顔を戻す。道の左側に向日葵の鉢植えがあった。  そうか。彼女はこの向日葵の奥から現れたのか。向日葵は木造の建物の前に置かれている。二階建ての、随分と古い建物のようだった。  山田君は僕の隣に並ぶと破顔する。 「ボロっちいけど、風でぶっ倒れたりはしねェよ。安心してくだせぇ。ちょいと家鳴りが気になるかもしれないが、なあに、一晩だけなら大丈夫でしょう……あ? なんだ、なきこじゃないか」
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