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そこまで聞いた僕は、ポカンと口を開けた。意味を咀嚼していると、横から笑い声が上がる。山田君だ。
鈍い僕はここでようやく、彼に遊ばれていたのだと察した。
「山田君、僕が勘違いしていると分かっていたなら、指摘してくれてもいいじゃないか!」
「いやあスミマセン。すぐにバレると思ったんですが、これがどうして、なかなか気付かないもんだから、つい」
つい、ではない。お陰で恥をかいてしまった!
そういえば、この宿に入る前に童歌を聞いた。妹がどうとか鬼がどうとかいう内容だったが、ワラメを歌ったものだったのか。
「ははあ、子供達を連れて来たのは僕を揶揄うためだな? 僕を混乱させるために、妹がいる子を呼んだんだ」
問い詰めると両手を合わせて詫びる。しかし、その顔は依然として笑っているので、謝意など微塵も感じられなかった。
更に詰ってやろうとしたところで、硝子戸が開いて遮られてしまう。まただ。これで三度目である。
いったい誰だ、と視線を向けて、すぐに不機嫌な表情を打ち消した。戸口に立っていたのは、なきこちゃんだった。
「あら、騒がしいと思ったら。珍しく繁盛していること」
「なきこちゃん……ああ、いや」
これは彼女の本名ではないのだった。モゴモゴと口籠る僕に代わって、与次郎さんが説明してくれる。
「昔話をしていたのだよ」
彼女は僕達の顔を見比べて首を傾げた。
「昔話?」
「ワラメの話さ」
ワラメと聞いた彼女はすぐに勘付いたようで、山田君を睨め付けた。
「兄さん、また意地悪をしたのね? まったく懲りないんだから」
どうやら初犯ではなかったらしい。おそらく僕のような余所者相手に、いつも揶揄っているのだろう。
妹に叱られた彼は、けれど消沈した風もなく、笑って頭を掻く。暖簾に腕押しな反応に彼女は溜め息をつき、僕の方へ向き直った。
「兄が失礼をしたようで。すみませんでした。私がきちんと名乗らなかったのもいけませんでしたね。改めまして」
山田詩真子と申します、と彼女──詩真子ちゃんは微笑んだ。
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