1話

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 ペラペラと捲し立てていた彼は、ようやく彼女の存在に気付く。なきこと呼ばれた少女はあらまあ、と口に手を当てた。 「どこへ行っていたんです? 店番を放ったらかして。困った人ね」 「まあまあ。客を一人捕まえたんだ。大目にみてくれよ。なきこが代わりに店番をしてたのか」 「そうですよ」  言葉は(いさ)めているものの表情は微笑んでいて、そこに怒っている様子はない。  彼女はふいに僕へ視線を向けた。目と目が合い、不覚にもドキリとしてしまう。 「ごめんなさい。さっき打ち水をかけてしまって。靴が濡れてしまいました? 兄さんのことも、すみません。無理やり連れてきたんでしょう? 本当に困った兄さんだこと」 「ああ、いや、違うんですよ」  慌てて僕は否定する。 「僕が困っていたので、山田君……お兄さんが案内してくれたんです。えぇっと」  靴は濡れてないですよ、と頭を掻きながら答える。 「僕は釣りに来たんだけど、どうやら上流の方で雨が降ったようで。お陰で水が濁って、とても釣りなんてできやしない。おまけに宿の手配もせずに、着の身着のままで来たもんだから、往生してしまってね。そうしたら山田君と偶然会いましてね。話してみたら家が宿屋だという。それで連れて来てもらったんです」 「無計画にも程があるよなあ」  そう山田君は笑った。全くその通りで、返す言葉もない。 「それならいいんですけれど。じゃあ、兄さん、店番をお願いね。アタシは出かけないといけないの」  手に持っていた柄杓を渡し、逃げないのよ、と目を眇めて念を押す。山田君は分かった分かったと軽く返した。  そんな兄を不審げに見やった後、なきこちゃんは向きを変える。 「ワラメに気をつけろよー」  揶揄(からか)う調子で言う山田君に手を挙げて、彼女は微睡むような陽炎の方へ歩いて行った。
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