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「お、噂をすれば」
青年の言うとおり、奥から現れたのは山田君であった。彼は悪い悪い敏三、と快活に笑う。どうやら青年は敏三というらしい。
「お待ちどうさん」
山田君は大きな風呂敷包みを両手で持っていた。いかにも重そうなそれを、敏三君はひょいっと受け取る。
彼は風呂敷包みを持ち上げて匂いを嗅ぎ、嬉しそうに顔を綻ばせた。
食べ物なのだろうか。不思議に思っていたのが表情に出てしまったようで、察した山田君が教えてくれた。
「弁当ですよ。こんな辺鄙なとこに客なんか滅多に来ないんで。だから副業っていうか、注文があれば昼飯や弁当を作ってんでさあ」
「ははあ、なるほど」
納得して頷く。この辺には観光地もないし、訪れるのは僕のような釣り人くらいなのだろう。いや、釣りの名所というわけでもないから、それだって物の数には入らないのかもしれない。
「ここのね、煮物が美味いんスよ」
敏三君は得意そうに手の包みを掲げる。
「こんにゃくにまで出汁が染みてる。噛めばじわっと汁が出てくるんだ。やっぱり美味い飯を食うと元気になれる。もう宿なんか辞めて、定食屋を開いてほしいくらいだよ」
アンタも嫁をとるなら料理上手な女がいいぞ、と茶化された。
「うちの妹は料理がからきしなんで。あんなんじゃ、嫁の貰い手なんか来やしない……あ、京也、お前アイツに告げ口するつもりだな。よせよ、根に持つんだから」
なきこの奴には黙っといてくれな、と釘を刺して敏三君は出て行った。
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