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「ええ、ええ、いいですとも。私の妹のことなんてよく覚えてるなあ。京ちゃんは記憶力がいい」
コクコクと頷く与次郎さんに、僕は手近にあった椅子を持ってきて勧めた。ご老体に立ち話は辛いだろう。
「ああ、こいつはどうも。貴方がお客さんですか。珍しいこって。面白いモンなんて何にもないでしょうに。退屈なのじゃあないですか。へえ、釣りに。そいつはよろしいですなあ。私も以前はやっていたんですが、足腰が悪くなってからとんと。ええと、それで、妹の話だったかな」
与次郎さんは木製の椅子に腰掛け、さて、という風に顎をさする。懐かしむように遠い目をした。
「あれはもう何十年も前のことです。うんと小さい時分のことで記憶も朧げなんですが。私には歳の離れた妹がいましてね。よく私に懐いてくれた。あれは春先だったかな。私と妹で筍採りに行ったんです。その頃、母が弟を身篭っておりまして、滋養に良いものをと思ったんですな。実はその竹林は行ってはならぬと言いつけられていた場所なんですが、母のためだからバレても怒られないと高を括っていた。それで、妹と籠を担いで竹林の中へ入って行きました。まあ、これがいけなかった」
与次郎さんは細い目を更に細める。
「途中でね、妹の姿が見えなくなったんです。私は筍を探すのに夢中で、妹が消えたことに気が付きませんで。西陽が差す頃になってようやく傍にいたはずの妹がいないと慌てました。妹は当時五歳で、そんなに遠くへ行けるものじゃない。なのに呼べど叫べど返事がなかった。どうしようと途方に暮れた時です」
──どこからか泣き声が聞こえてきたのは。
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