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違和感が拭えなかった。
動物園には太陽がよく似合うから。
「夏休みだけ、夜の動物園に入れるんだって」
「夜?夏休みだけ?」
そういえば、動物園の閉園時間は多分17時ごろで、そもそも夜行性の動物は昼間は寝ていることが多い。
ヒロくんは、私が興味あるとも行きたいとも何も言っていないのに、「予約制で先着順だ」と慌ててスマホでチケットを2枚予約した。
困ったことになったなという顔をしてみたけれど、ヒロくんは気づいていない。
「あ、ごめん。明日で良かった?」
…違う。
まずは、一緒に行く?とか、そういうこと確かめるでしょ?
「ああ、うん」
言えない私も、私だなと多少の自己嫌悪に陥った。
ヒロくんが嫌いなわけじゃない。
むしろ、気持ちのままに行動する自分勝手さに少し憧れていたりもする。
もしこの約束が1週間後だったとしたら、私は1週間悶々と悩み、あれやこれやと行く理由やら行かない言い訳やらを考えて、結局時間ギリギリに支度をして出かけることになっただろう。
明日なら、悩む前に行くことができる。
ヒロくんとは、17時に動物園西口で待ち合わせた。
着ていく服には随分悩んだ。
ヒロくんとはただの友達だから、何張り切ってるの?とも思われたくないし、2人でどこかへ出かけるなんて初めてのことだから、いつもより可愛いとも思われたい。
なんだ。
私、めちゃめちゃヒロくんのこと意識してるじゃないか。
好きとかそんなんじゃないって思ってたけど、ゼロじゃないんだな。
その証拠に、いつも通りの服で、髪だけ少し変えていったことを気づいてもらえなくて、がっかりした。
夜の動物園は、期待外れだった。
都会の生活に慣らされた動物は全然夜行性なんかじゃなかった。
「ライオンもクマもトラも、みんな寝てるね」
「順応できるって凄いな!」
がっかりしている私とは反対に、ヒロくんはワクワクしているように見えた。
「咲ちゃん、ビール飲もっ!」
動物園の池のほとりで飲むキンキンに冷えたビールは、美味しかった。
「ビールって夏の夜に飲むと何でこんなに美味しいんだろう?しかも…」
「外だと、でしょ?」
ヒロくんはしたり顔で笑う。
当たり。だけどそれじゃ、50点。
私は、外で、そしてヒロくんと飲むから美味しい、そう思ったのだ。もちろんそんなこと言えないし、言わないけれど。
「ね、ヒロくん、私ハシビロコウが見たい」
「俺も!見たことないんだよな。動かないんだろ?」
私たちは、園内マップ片手にハシビロコウを目指して歩いた。
「咲ちゃん、あそこだよ。人だかりがあるし」
ヒロくんの視線の先には10人ほどの人が集まっていた。
入場者数制限をしているせいか、どの動物の周りにも人だかりはできていなかったから、私のハシビロコウ見たさは一気に高まった。
ハシビロコウの周りにいる人々は、動いていないように見えた。
「ほら、みんないつ動くかじっと待ってるんだよ」
ヒロくんもワクワクしているように見えた。
「え!」
ハシビロコウにたどり着いた私たちは、そこにいた人々と同じように固まった。
そこには活発に動き回るハシビロコウがいたのだ。
羽をバサバサと広げ、あちこち歩き回り、目をキョロキョロと動かすハシビロコウが…。
私たちは池のほとりに戻り、2杯目のビールを飲んだ。
「動かないハシビロコウ見たかったな」
私は心底残念に思った。
「でもさ、ハシビロコウがめちゃめちゃ動いていたから、今日を忘れないでいられるよね、きっと」
それは、確かにその通りだ。
「ビール、もう一杯飲もうかな」
ヒロくんのジョッキは既に空だった。
「ヒロくんってそんなに飲むっけ?」
そう言う私のジョッキもほとんど空だ。
「いや…なんか咲ちゃんと飲むと美味しくてさ」
ヒロくんは珍しく少し躊躇しながらそう言った。
「…すいません!ビール2杯ください!」
私は夜空に向かってまっすぐ手を挙げた。
「え?咲ちゃんも飲むの?」
「私も、ヒロくんと飲むと美味しいって思うから」
私も珍しく、言葉を選ぶことなく思いのままを声に出した。
3杯目の冷えたジョッキが合わさる3回目の乾杯の音、それが私たちの始まりの印になった。
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