夜の動物園

1/1
前へ
/1ページ
次へ
違和感が拭えなかった。 動物園には太陽がよく似合うから。 「夏休みだけ、夜の動物園に入れるんだって」 「夜?夏休みだけ?」 そういえば、動物園の閉園時間は多分17時ごろで、そもそも夜行性の動物は昼間は寝ていることが多い。 ヒロくんは、私が興味あるとも行きたいとも何も言っていないのに、「予約制で先着順だ」と慌ててスマホでチケットを2枚予約した。 困ったことになったなという顔をしてみたけれど、ヒロくんは気づいていない。 「あ、ごめん。明日で良かった?」 …違う。 まずは、一緒に行く?とか、そういうこと確かめるでしょ? 「ああ、うん」 言えない私も、私だなと多少の自己嫌悪に陥った。 ヒロくんが嫌いなわけじゃない。 むしろ、気持ちのままに行動する自分勝手さに少し憧れていたりもする。 もしこの約束が1週間後だったとしたら、私は1週間悶々と悩み、あれやこれやと行く理由やら行かない言い訳やらを考えて、結局時間ギリギリに支度をして出かけることになっただろう。 明日なら、悩む前に行くことができる。 ヒロくんとは、17時に動物園西口で待ち合わせた。 着ていく服には随分悩んだ。 ヒロくんとはただの友達だから、何張り切ってるの?とも思われたくないし、2人でどこかへ出かけるなんて初めてのことだから、いつもより可愛いとも思われたい。 なんだ。 私、めちゃめちゃヒロくんのこと意識してるじゃないか。 好きとかそんなんじゃないって思ってたけど、ゼロじゃないんだな。 その証拠に、いつも通りの服で、髪だけ少し変えていったことを気づいてもらえなくて、がっかりした。 夜の動物園は、期待外れだった。 都会の生活に慣らされた動物は全然夜行性なんかじゃなかった。 「ライオンもクマもトラも、みんな寝てるね」 「順応できるって凄いな!」 がっかりしている私とは反対に、ヒロくんはワクワクしているように見えた。 「咲ちゃん、ビール飲もっ!」 動物園の池のほとりで飲むキンキンに冷えたビールは、美味しかった。 「ビールって夏の夜に飲むと何でこんなに美味しいんだろう?しかも…」 「外だと、でしょ?」 ヒロくんはしたり顔で笑う。 当たり。だけどそれじゃ、50点。 私は、外で、そしてヒロくんと飲むから美味しい、そう思ったのだ。もちろんそんなこと言えないし、言わないけれど。 「ね、ヒロくん、私ハシビロコウが見たい」 「俺も!見たことないんだよな。動かないんだろ?」 私たちは、園内マップ片手にハシビロコウを目指して歩いた。 「咲ちゃん、あそこだよ。人だかりがあるし」 ヒロくんの視線の先には10人ほどの人が集まっていた。 入場者数制限をしているせいか、どの動物の周りにも人だかりはできていなかったから、私のハシビロコウ見たさは一気に高まった。 ハシビロコウの周りにいる人々は、動いていないように見えた。 「ほら、みんないつ動くかじっと待ってるんだよ」 ヒロくんもワクワクしているように見えた。 「え!」 ハシビロコウにたどり着いた私たちは、そこにいた人々と同じように固まった。 そこには活発に動き回るハシビロコウがいたのだ。 羽をバサバサと広げ、あちこち歩き回り、目をキョロキョロと動かすハシビロコウが…。 私たちは池のほとりに戻り、2杯目のビールを飲んだ。 「動かないハシビロコウ見たかったな」 私は心底残念に思った。 「でもさ、ハシビロコウがめちゃめちゃ動いていたから、今日を忘れないでいられるよね、きっと」 それは、確かにその通りだ。 「ビール、もう一杯飲もうかな」 ヒロくんのジョッキは既に空だった。 「ヒロくんってそんなに飲むっけ?」 そう言う私のジョッキもほとんど空だ。 「いや…なんか咲ちゃんと飲むと美味しくてさ」 ヒロくんは珍しく少し躊躇しながらそう言った。 「…すいません!ビール2杯ください!」 私は夜空に向かってまっすぐ手を挙げた。 「え?咲ちゃんも飲むの?」 「私も、ヒロくんと飲むと美味しいって思うから」 私も珍しく、言葉を選ぶことなく思いのままを声に出した。 3杯目の冷えたジョッキが合わさる3回目の乾杯の音、それが私たちの始まりの印になった。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加