第101話 命を生むふたり

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第101話 命を生むふたり

「一番最初はヤギだったか?」 「いいえ、羊です」 「よく覚えてんなぁ」  創造の雷を穏やかに眺める始まりの二人の脳裏に、それまでの光景が走馬灯のように(よぎ)る。  羊だけでなく、様々な命を二人で生み出してきた。生物学者が頭を抱えるような特異な進化の原因は、大抵この二人にある。  昔を懐かしんで肩を寄せる者たちの前で、新たな器が形作られた。まずは触れ合う指先から。粒子が集まり細胞から生み出されるその光景は、理解を糧に具現化させる情報転写式具現装置(リアライズ)と、どこか似ている。 「情報転写式具現装置(リアライズ)は元々、マスターピースの能力を(もと)に私が発案した技術です。彼の能力の源は想像力。それを理解へ転じることでデイドリーマーズの具現化を実現しました」  ヴィジブル・コンダクターの創設者であるエドワード・Q・アダムスが没して栄誉の石像が建造された(のち)。未知への探求心を忘れて目先の金に走った本部の連中は、装置の開発に多額の費用を投じた。  人類を未知の脅威から守るという大義はただの建前。怪物を殺せるようになれば各国から駆除の依頼が殺到し、大儲けができる。 『デイドリ―マーズを根絶やしにしろ』と囁く古代人の呪いに突き動かされていたフランチェスカは権力者たちの腐った心根を利用し、悲願を成就させる装置を作り出したのだ。 「……そのせいで、要らぬ犠牲も出しました」  フランチェスカの背後には、今日までに墓標の山が積み重なっている。その多くは怪物との戦いの最前線へ投じられたウォッチャーの命だ。 「ウォッチャーはロットナンバーを持って生まれた同胞です。私は彼らに同族殺しをさせました。……今さら何を悔いても遅すぎますが……」  鼻先まで深くローブを被った口元がきゅ、と硬く引き結ばれる。  戦う(すべ)は望まずとも必然的に戦いを生むものだ。仮にどんなに崇高な信念や理想があろうとも。  マコトは消沈して俯く黒衣を振り返ると、麗しい目を細めた。 「――でも、情報転写式具現装置(リアライズ)のおかげで俺は大切な人と前に進むことができた。ラヴィも命を落とさずに済んだし、今もこうしてアーティが俺を見つけてくれようとしてる」  アマネを新しい輪廻に送り出すことができたのも、新しく生まれた命と向き合うことができたのも、全ては『理解(リアライズ)』が紡ぐ奇跡があってこそ。相手を知ろうとすることで、同時に知らないという恐怖を取り除ける。使い道を誤っただけで、きっと人間とデイドリーマーズに必要な技術だ。両者はまだ、歩み寄ろうとしている最中なのだから。  思ってもみなかった言葉をかけられ、黒衣の影で菫色(すみれいろ)の瞳が見開かれる。返す言葉が見つからず視線を彷徨わせる薄い肩を、(たくま)しい腕が引き寄せた。 「お前が喰わせてた専用食の魂を通して、巨像は命に一定の理解を示したらしいぞ」 「巨像が……?」 「デイドリーマーズにとって、魂を食べることは理解と同じだ。俺たちがそれまで見聞きしたり体験したことを吸収して、無制限に喰い尽くすのが惜しくなったんだと」  デイドリーマーズの主食は自然死した魂であり、基本的には無害とされている。生物に備わった本能が理性をはみ出して偏食種(グルメ)化したりはするが、それも(まれ)なことだ。彼らに敵意があれば、地球上の生物などとっくに滅んでいるだろう。  そうならなかった理由は、一つだ。 「デイドリーマーズは人間との共存を望んでる。HITO型もしばらくはまたトーキョー(ここ)(とど)まるってよ。人間たちがこれから何を選択してどう向き合っていくのかを静観することにしたらしい。――だから、任せて良いか?」  かつてない混沌が待ち受ける世界へ帰る背中へ、マスターピースは未来を託した。  両者が齟齬なく分かり合い、互いに手を取り合える。視えないがゆえの悲しみも、触れ合えないがための苦しみも存在しない。そんな未来を、マコトもずっと望んでいた。  深く頷いた背中へ、たっぷりとしたローブの下から血色のない両腕が伸ばされる。 「ずっと機械いじりばかりしていたので――……命を生み出すのは、久しぶりです」  骨だらけの指先から無数の光る糸が伸びた。光線を描く細い金糸は魂を取り囲み、新たな器へ縫い付けていく。痛みや不快感はなく、不思議な温かさに包まれた。  これがフランチェスカの異能である、魂の定着。  本来であれば生き物同士の魂を入れ替えたりすることができるのだが、マスターピースの力と組み合わせれば、それは新たな命になる。様々な動物を生み出していた、あの頃のように。 「……ッ、マコト、先生……?」  扉の中へ伸ばした指先に確かな体温を感じ、アーティは瞳をぐっと見開いた。帰ってきてほしいという願いを込めて、その手をゆっくり引き寄せる。もう離ればなれにならないように、お互いに指の間をしっかりと握って。  扉の中から徐々に現れる爪の色、指先の形、手首の骨の位置。それらを見つめるアイデバイスから吸い上げた情報がロスタイムなく降り注ぐ。情報転写式具現装置(リアライズ)が創造の後押しをしているのだ。 「――天誰真己徒御主神(アマタマコトミヌシ)」  右肩まで外の世界へ引き寄せられたマコトへ、不意にフランチェスカが語り掛ける。 「私を幾千年の呪いから解き放ってくれたお前に、ささやかな礼を贈ります。人間と交わろうとしているお前にとって、悠久の時間は(かえ)って不都合なものでしょうから」  大昔にマスターピースを苦しめた別れを(そば)で見ていた。同じ悲劇はつまらない。どうせなら違う結末を見てみたい。永く生き過ぎたせいで娯楽に飢えているのかもしれないなと、フランチェスカはどこか自嘲しながら指先を手繰り寄せる。  黄金の糸はマコトの魂から一欠片を抜き取ると、主の元へ運んだ。淡い輝きを放つそれを預かって、ローブの下へそっとしまう。この業は、自分たちが次の旅路へ連れて行く。彼は人間の時を生きるべきだ。 「へぇ、粋なことすんなぁ。じゃあ俺も!」  ちょうど美しい相貌を創造していた浅黒い指で、宙に小さな円を描く。すると顔の左半分がぼうっと熱を持ち、ちかちかと明滅し始めた。  乱反射する光の隙間を縫って視線を交わしたマスターピースの瞳がやけにくっきりと見えたことにハッとして、扉の外を振り返る。  風に白波立つ水面、そこに反射する空の青、風に(なび)く赤い髪――。  失ったはずの色彩が扉の外から手招きする。  蕾が一斉に花開くように溢れ出した鮮明な色。  その全てが明瞭に美しく、そこに在った。 「――ありがとうマスターピース、フランチェスカ」  色を取り戻したその目に、始まりの二人をしっかりと焼きつける。今生ではもう二度と巡り逢うことはないだろうから。  マコトを呼ぶ扉の外から風が吹く。風圧で脱げたローブから、たっぷりとした長い黒髪が広がった。瞳を縁取る睫毛は重く、淡い唇の上には小さな鼻がちょんと咲く。  その相貌を見るのは最初で最後だが、マコトはようやく全てを理解した。 「本当に愛してたんだね、マスターピース」 「まぁな!」  ニカッと歯を見せて笑う男の隣に立つは居心地が悪そうな顔をして、魂を縫い付ける糸を無言で増やす。  不機嫌そうに細まる瞳がマコトの家政婦にそっくりだ。マスターピースが手がけて世界中へ出荷された、累計販売台数歴代世界一位を誇る家政ヒューマノイドに。
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