第46話 宝物庫は開かれる

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第46話 宝物庫は開かれる

 粒が立ち(つや)のあるご飯の上に目玉焼きの黄身を乗せ、ナイフを入れる。  新鮮な弾力はナイフを押し返し、ぷくりと美しい雫となって滴り落ちた。  そんな白と黄色のコントラストにソースを一滴。(はし)が上手く使えない代わりに、スプーンで一気に掻き込む。 「うんまーっ! ララ様天才!」 「黙って食べやがれくださいまし」  お世辞なしに目を輝かせるフィリップに、おかしな敬語で応戦するララ。  昨夜ほどの殺伐さは感じられない。  賑やかな朝食の席で、アーティだけがどこか上の空だった。  ほとんど手が付けられていない食事と蒼白な横顔を見つめ、マコトが心配そうに尋ねる。 「アーティ、本当に大丈夫? さっきからなんか変だよ」 「あ……だ、大丈夫です! ちょっと、目が疲れちゃって……」 「あ~、超色覚(テトラクラマシー)は眼精疲労ヤバいって聞くしねぇ。ホットタオルとか当ててリフレッシュした方がいいよ。それか、とんでもない激痛を伴うけど血流改善効果抜群の怪しいツボでも教えようか!?」 「アーティに妙なこと吹き込むな、変態」 「フィリップだよぉ、センセー!」  再び騒がしくなった食卓に助けられ、アーティはほっと息を吐いた。  ここで変に勘繰られて、余計な心配をかけたくない。  きっと疲れているだけ。そう自分に言い聞かせて手元の料理を見るが、朝よりも増えた光のレフ板に(はば)まれて、ほとんどぼやけていた。 (私の目、どうしちゃったんだろう……)  いつも過剰な色覚に頼り切っているせいで、どうしても不安になる。  それに、あの女性は――。  物思いに(ふけ)っていたアーティの耳に、「でさぁセンセー」というフィリップの陽気な声が届き、我に返った。 「おともだち大作戦のことなんだけど」  底知れない軽薄な笑みで武装したまま、よく焼けたウィンナーにフォークを突き刺した狂犬が、唐突に切り出す。  彼の隣で静かに食事をしていたユリウスは、そんな上司をちらりと見やった。 「先にこっちの事情を説明するとね、ビンツの一件はボクらの完全な独断行動。ウチの上層部はヴァッサーガイストによる被害を容認し、秘匿していた。何かのデータを集めてたんだろうねぇ。つまり組織としてはマリーを裁く意志はなかったの」 「……じゃあ、どうしてあんなことを」  花嫁が撃たれた光景を鮮明に思い出して、アーティが痛ましい声色で尋ねる。 「言っただろう、罪は罪で(そそ)いでもらうと。私刑なんてただの(おご)りだが、組織が正常に機能していない以上、誰かがやらなければならなかった」  ユリウスの返答に、アーティは再び手元の目玉焼きに視線を落とした。  白と黄色のシルエットだけがぼんやりと視える。まるでフィルターがかかっているみたいに。  デイドリーマーズという存在を巡る現状も、似たようなものに思えた。  あの時は無理にでも納得するしかなかったが、本当に他の道はなかったのだろうか。命を奪う以外に、マリーを止める方法はなかったのか。  デイドリーマーズのヴァイクでさえ彼女と心を通わせたというのに、同じ人間の自分たちが分かり合えないなんて、どうして思うのだろう。このフィルターを取り払う方法が、きっとあるはずなのに。 「つまり、組織に背いたあんたらの発言力は皆無ってことか」 「そゆこと! でもね、ボクらもセンセーの意見には賛成なんだ。ねぇ、ユーリ?」 「組織に信頼性がない以上、この世界に生きる一人一人へ信を問うべきだ。ヴィジブル・コンダクターの在り方も変わらないといけないのかもしれない」  200年ものあいだ不可視の怪物と秘密裏に相対してきたが、その秘匿体質が毒となり、組織を(むしば)み始めている。  良くない者が中枢(ちゅうすう)に巣食い、本来の役割から逸脱した底知れぬ何かが動いているような後味の悪さもある。  デイドリーマーズと向き合う最前線で数多の命と接するユリウスは、それがどうしても許容できなかった。 「言いたいことはわかったよ。俺の希望は通らないかもしれないけど情報は教えろ、と」 「努力はする。約束はできないが」 「ふぅん……」  食後のコーヒーを飲みながら、美しい瞳がじとりと二人へ向けられた。  昨夜同様の値踏みされるような視線。ユリウスはやはり居心地が悪そうに、フィリップはどこか期待した様子でじっと見つめ返す。  そして数時間にも思える数秒の沈黙の後、形の良い唇が開かれた。 「……いいよ、教えてあげても」 「ほんとにぃ!?」 「あんたのデイドリーマーズについての考察は限りなく正解に近かった。少なくとも現実逃避するだけの馬鹿じゃない」 「うわぁああああんありがとー!!! ボクの研究をそんな風に言ってくれたのはセンセーが初めてだよ~~~ッ!」  胡散臭(うさんくさ)い涙目になったフィリップが立ち上がり、マコトの手を握って上下にぶんぶん振り回す。廃教会で殺し合っていたのが嘘のような光景だった。  本当に大丈夫かとアーティが苦い顔をしていると、対面のユリウスも同じような顔をしていた。二人は顔を見合わせ、フンッとお互いにそっぽを向く。 「じゃあセンセー、おともだち大作戦始動にあたって最後に一つだけ確認させて」  青白い手をすりすりと撫でながら、好奇心に支配されたフィリップが問う。 「センセーは、どうしてデイドリーマーズの存在を世間に広めたいの?」  その核心を突いたような問いに促され、全員の視線が一点に集まった。  作り物めいた相貌の下に潜む深淵を、誰もが覗き込みたいと思っている。  マコトは気味の悪い手を払うと、おもむろに席を立った。  向かった先は、枝垂れる藤が描かれたステンドグラスの飾り窓。  淡い色の後光を携えながら、密かにアーティへ視線を向ける。  言い出せなかった秘密を一つ、解き放つために。 「俺が、そういうデイドリーマーズだったからだよ」  アーティがどれだけ理解したいと願っても、過剰な視覚情報や光の膜が目隠しとなって、彼の本質が何一つ視えない。ほんの(わず)かな日差しで目が焼けつきそうなほど眩しい。  それでも、目を逸らそうとはしなかった。
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