第72話 弔砲

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第72話 弔砲

 仲間の頭をかち割った黒光りする杭。下層を確認するために塀から身を乗り出したカタリナの頬を、何かが掠める。  人工皮膚を切り裂きシリコンを露出させたそれは、三階回廊の天井に深々と突き刺さった。  アイデバイスを最大までズームする。見ると、最下層を這う融合体が黒い体毛を束ねて、針の(むしろ)を着たような姿に変わっていた。 「変質した……!?」  驚愕の声を上げた次の瞬間。  巨体が地面にひびを作って二階付近まで飛び上がると、無数の鋭利な針を周囲へ放散した。  指示を出す間も無く、避け切れないほどの針の弾丸が次々と襲いかかる。針の太さはバラバラで、大きいものだと砲弾のような威力となって塀や柱を破壊した。  反撃しようと咄嗟(とっさ)にライフルを構えたカタリナの腕も無惨に貫かれ、切れた配線が火花を散らす。 「ッ!? こン、のぉッ!!」  片腕を失ったら銃は使えない。  腰のベルトからグレネードを引き抜いて、忌々しい怪物へ投げつける。こんな状況でも放心して力なくへたりこんでいるクロエに飛びつくように覆い被さった。  時間にしてわずか三秒。至近距離の大爆発を浴びて、頑丈な戦闘服ごと背中の皮膚がずるりと溶けた。耳に内臓された集音器が爆音を拾い上げ、音撃でカタリナを内部から壊していく。痛覚はないが、受像機いっぱいに表示されたエラーがけたましく明滅する。  文字通り決死の反撃により、怪物は再び地に落ちた。  爆発で巻き上がった煙が視界に砂嵐を運ぶ。クロエは気を失っているようだ。  背中から腰にかけて骨組を剝き出しにしたカタリナが、関節をショートさせながらぎこちなく立ち上がる。 「みんなは……」  三階からふらつく視界でいくらズームしても、煙が立ち込めて状況が確認できない。  そう言えば反対側にいた新人はどうしただろう。電動アシストが壊れて酷く重く感じる足を引きずって歩を進める。だが、大量の針によって(はりつけ)にされた人影を煙の中に見て、カタリナの足は止まった。  目の前の現実を信じたくない。彼女はおもむろに塀を跨いで飛び降りる。  二階通路へ身体を滑り込ませて着地しようとしたら、左右のバランスが取れずにそのまま右半身を床に強打した。どうにか上体を起こして砂塵の舞う周囲を見渡すが、ノイズだらけのアイデバイスに突きつけられたのは『生体反応なし』という無情な現実。  ――全滅。  絶望的な二文字が頭を過る。  ドイツ支部(地獄)に残されたのは戦うことを放棄したクロエと、クラッシュ寸前のカタリナだけ。視界がさらに悪い一階からは、奴が這いずり回る粘着質な音が聞こえる。 (もう、おしまいです)  上半身の力だけで床を這い、背中を壁に預けて深く息を吐く。  最初からこうなるヴィジョンは見えていた。  どうしたって勝ち目がない戦いに絶望しないよう鼓舞し合った仲間たちは、もういない。信頼して留守を預けてくれたフィリップも、共に死線を潜り抜けてきたユリウスも。  煙を巻き上げながら、再び巨体が飛び上がる。  今度は背中から左右で大きさが違うバランスの悪い翼膜を生やしていた。吹き飛ばしたはずの吸血鬼の頭も復活している。  一体どれだけ変質し続けるのか。シャットダウンしそうな視界で捉えた怪物に対抗する気力など、カタリナにはもう残されていない。  壊れかけたサイボーグを空中から見下ろし、胸部から顔を覗かせた巨大な骸骨がケタケタと嗤う。あれは確か、ブレーメンを舞台にした童話の起源となった音楽家の偏食種(グルメ)。無力な者を嘲笑する耳障りなメロディがカタリナの自尊心を踏み(にじ)った。 「趣味じゃないです、その曲」  最後の言葉にしては、自分でもイマイチだと思う。  骸骨の顎が外れ、彼女に向けて大きく開いた口の中で(まばゆ)いエネルギーが渦を巻く。レーザービームのようなものだろうか。  ボディが消失しても、脳さえ無事ならリビルドは可能だ。だがバックアップができない以上、この瞬間の記憶は引き継げないだろう。仲間を失った悲しみも、フランチェスカに対する怒りも、全て綺麗に消えてしまう。  サイボーグにとって、記憶とはただのデータでしかない。だから再び目覚めることがあったとしても、それはカタリナであってカタリナではない。記憶の消滅は正しく死を意味する。  今にも発射されそうなエネルギーを前に、己の運命を受け入れたカタリナが目を閉じた。 「――弔砲はド派手にブチ上げるのが、ボクの流儀だよ」  下層から聞こえた馴染みのある声に、再び重い(まぶた)が上がる。  次の瞬間、建物全体が揺れるような衝撃と爆風が走った。
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