第79話 弾幕に踊れ

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第79話 弾幕に踊れ

 修復が追いつかないほどの弾圧を浴びて破裂した胸部から、音楽家の骸骨が零れ落ちる。不揃いな歯でケタケタと(わら)(おきな)は顎を外し、破壊の閃光を放とうとエネルギーを集約させた。  だが発射よりも早く、懐へ飛び込んだマコトが下顎をぐっと押し上げて顔を近づける。光り輝く黄金の瞳に見つめられると、ぽっかり空いた二つの空洞の深淵(しんえん)が震えた。がらんどうな(まなこ)から黒い血を滴らせ、粉々に砕け散る。発射寸前だったエネルギーが暴走し、内部で大爆発。ガトリング銃の止まない弾幕で脆くなった身体が、胴と下肢の二つに別たれた。 「シャーーッ! グルルル……!」  タマキが唸り声を向けるのは、六本足の人喰い狼・ロッゲンヴォルフ。分断された上半身から這い出した狼は高く遠吠えする。全身の毛を逆立てた針のコートを纏い、タマキヘ突進した。 「ガァアアアアアアアアッ!!」  食べ応えのありそうな丸々とした猫に、鋭い牙の間から涎を吹き零す。  だがその過ぎた食欲で同胞が食べる分の魂までも食い尽くしてしまい、仕方なしにRIKU型の専用食に受肉させられたのがタマキである。クソ不味いミッシュ・マッシュならまだしも、ただの偏食種(グルメ)なら口直し程度にはなるだろう。何せ不味い物を食って機嫌が悪いのだ、この食いしん坊猫は。  猫目の水晶体に針が突き刺さる寸前、タマキが大きく飛び上がる。突進の勢いで背後の瓦礫へ深々と突き刺さったロッゲンヴォルフ。まさにまな板の上の鯛、ではなく狼。 「にゃぁ゛……♡」  音もなく着地したタマキは偏食種(グルメ)に負けず劣らずの邪悪な舌なめずりを見せた。「クゥウン……」などとひ弱な声を上げても、今さら遅い。前足のぷにっぷにな肉球に力を込めれば、鋭利な爪が五本抜刀される。鱗剥がしは得意技だ。  岩をも砕く強靭な針のコートを爪でへし折り、容赦なく削いでいく。食感は大事だから根本を少しだけ残して。動けないユリウスを援護しながらその見事な手際を見ていたフィリップが「わぁ、狼のお造りだぁ」と目を輝かせる。 「いただきます(にゃにゃにゃにゃにゃん)っ♡」  直ぐには殺さない。鮮度が落ちる。散々人間を食った狼に、生きたまま捕食される感覚を味わってもらおう。タマキは珍しくゆっくりと食事を楽しむことにした。 「残り二体……!」  二階から援護射撃を続けていたカタリナのスコープに、尻尾の先端から生えたクランプスの後頭部が映った。山羊の角を生やした悪魔である。クリスマスに聖ニコラウスと現れ、悪い子を(さら)って罰を与えるという伝承を数多く残した偏食種(グルメ)。実際は女子どもを鎖で捕らえ、鞭打ちにして皮を剥ぐのを楽しんでいたとか。  屈強な腕が振り回す鎖を模した触手がマコトの背後に迫った。動きが素早い上に細長い的。平時のカタリナなら余裕で撃ち抜けるが、片腕がイカれているせいで狙撃の精度が落ちている。三発放った弾丸は床を抉った。 「チィッ……!」  舌打ちをした彼女の弾丸を逃れた触手は、能力の過剰使用で肩を上下させるマコトの頭に絡みついた。異能を放つ目を塞いでしまおうと言うのだ。 「悪魔のクセにみみっちぃヤローですぅ!」  だがシルバーガトリングではマコトまで蜂の巣にしてしまう。タマキは食事に夢中だし……。  すると、予想外の方向から銃声が五発上がった。硝煙を辿った先にいたのはフィリップだ。ハンドガンから放たれた弾丸は風に振られるような妙な軌道を描きながら、比較的低速を保って鎖の付け根へ着弾する。 「追尾弾……?」  確実性はあるがその特性故に威力が落ちる追尾弾。対人には有効だが、デイドリーマーズ相手にはあまり意味を成さない。そういった理由で導入早々姿を消したはずなのだが……。  怪訝そうな顔をするカタリナの目下で、鎖の触手が景気良く爆発した。手榴弾よりは小規模だが、普段デイドリーマーズへ撃ち込んでいる破裂弾の威力とは比べ物にならない。 「一発30万円の追尾弾頭爆弾、まだ試験中で流通してないんじゃなかったっけ? よく手に入ったねぇユーリ」 「カタリナの名前を出したら武器屋のオヤジが喜んでサービスしてくれましたよ」 「さっすが、ボクらの姫様は物騒なオジサンに大人気だねぇ!」 「嬉しくないですぅううっ!」  鎖を失ったクランプスは、忌々しい眼鏡に向かって怒りの咆哮を上げる。が、首に針が刺さったような痛みが走った。 「さっき爆発したのは四発。残り一発はちょっと早いけど君へのクリスマスプレゼントだ。ぶっ飛べ☆」  親指と人差し指で作ったピストルが「BAN!」と火を吹いた瞬間、クランプスに打ち込まれた超小型爆弾が起爆。焼け焦げた肉片が飛び散る最中(さなか)、吹っ飛んだ悪魔の頭がゲップをするタマキの側に落ちる。食後のデザートの到着だ。 「にゃぁ〜〜ん♡」  バリボリ、ムシャムシャ、ゴックン。  角の歯応えが絶妙で大変美味でした、とでも言わんばかりの満足顔で毛繕いを始める。 「騒がしい奴らね、全く!」  最後の偏食種(グルメ)・魔女ペルヒタを探すため、空薬莢を大量に飛ばしながら巨体をくまなく撃ち抜く。破裂した腹から次々と飛び出す魔女の手下の攻撃が当たる寸前、最小限の動作で避ける姿はまるで舞踏だ。身重なガトリング銃をバトンのように振り回しながら、トリガーを引き続ける。  絶えず破裂する肉片から、首だけになったペルヒタが堪らず飛び出した。弾幕によって上顎より下を失った魔女はギラつく瞳でクロエを睨みつけ、配下たちの力を借りて高く飛翔する。天窓から外へ逃げようと言うのだ。  だが彼女を待ち侘びていたのは、陽が傾きかけたミュンヘンの夕焼けではなく、そこに昇るのを待ち侘びる月のように輝く淡黄色の瞳。  いつの間にか三階まで駆け上がっていたマコトがホールへ飛び出し、ペルヒタの頭を空中でキャッチする。 「捕まえた」  前世の恋人でも見つけたのかと錯覚するくらいうっとりとした色違いの瞳。土の色の肌をした老婆は、上顎だけでガタガタと震え上がった。しかし額がくっつくほどの至近距離で見つめてくる視線から逃れることはできない。やがて、魔眼に見つめられた緑の目玉が弾け飛ぶ。  宿主を全て失って動かなくなった巨体。その背中に降り立ったマコトは、正面から浴びた魔女の血飛沫を手の甲で拭った。
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