トーキョーに咲く花

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トーキョーに咲く花

 青々と苔生(こけむ)したビルから溢れる滝が飛沫を上げた。  その近くでは無残にも横倒しになったランドマークタワーを無数のツタが覆う。  がらんどうになった施設内は密林と化していた。  視点を移すと、歪んだ交差点の真ん中に錆びついた5ドアの乗用車が見える。ずいぶん長い信号待ちをしているようだ。  色を失った信号機に絡まる海藻が、まるでそれをあざ笑うがごとく、風に踊る。  倒壊した建物の数がかつての繁栄を黙示する、荒廃した水没都市──。  そんな寂寥感(せきりょうかん)に支配された街を、夜明けの残星が静かに見下ろす。  喧騒が消え失せた世界の中に、ひときわ緑化の進んだ一帯があった。  うっそうと生い茂る多肉質な樹木の森に、ひっそりと残された大型ドーム球場の残骸。天井は抜け落ちて、日当たりは良好だ。  手入れが忘れ去られたフィールドには水が張り、もはや池と表現した方が近い。液状化現象の影響だろう。      天災が作り出した水面の中心に、朝焼けを浴びる巨大な蓮の花が咲き誇っている。  この異質な画像が大手SNSサービスに投稿されたのは、西暦2045年4月の出来事だった。 『何これ、写真?』 『後ろに映ってるのってトーキョーのスカイツリーだろ?』 『じゃあイラストかCGじゃねぇの? あそこは今も立ち入り禁止区域だし』 『Fantastic!』 『アレセイアって、聞いたことないアカウントだね。新人クリエイターかな?』  この投稿について、世界中のアカウントが一斉に考察を始めた。  彼らが特に注目したのは、先端にかけて桃色に染まる花弁(はなびら)の中だ。  黄金の雄しべの中心に鎮座するのは、台座の形をした薄緑色の花托(かたく)と呼ばれる部位。そこに生え揃った雌しべの上に、が座っている。  そのが巨大であることは間違いない。  さらに目を惹くのは胴体から無数に生える腕と、首を囲むようにみっしりと敷き詰められた十の頭。表情はどれも穏やかで、眠っているようにも見える。  手を合わせて祈るような形で複雑に絡んだ腕がやけに神々しい。  彼、もしくは彼女の周りを、翼を生やした奇妙な虫が群れになって飛ぶ。人の頭ほどの大きさだろうか。  それと併走するように、肉が透けて骨だけの姿をした怪魚たちが宙を泳ぐ。 『これはバズるわ』 『ちょっと不気味だけど、なんか見入っちゃう』 『とりあえずフォローしとく!』 『新手の風刺画か?』 『世界観が高尚すぎて好きじゃない。これが本当の世界だって押しつけられてる感じがして、何か偉そう』      最低限の明かりの下で、一人の男が次々と届く通知をじぃ、と眺める。  この時代では一般的な空中ディスプレイをスライドさせながら、彼は無感動にほくそ笑んだ。  光学技術を応用した棒状の装置のスイッチを切ると、仰向けに寝そべっていたベッドの端へ放る。  通知音は鳴りやまない。写真は今この瞬間にも、それこそ光の速さで世界中に拡散されているのだから。  シンプルなペンダントライトが照らす相貌は、質素な部屋に不相応なほど美しい。  左にラズライト、右にアンバーの輝きを秘めた瞳を、薄いまぶたがゆっくりと隠した。  暗闇に満ちた彼の脳裏に浮かぶのは、時を閉じ込めた写真のように、いつまでも褪せない記憶。 ――君が永い夢から醒める日を、色違いの世界でずっと待っている。
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