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2.すすき花火
「ついにこの時が来てしまった」
俺は鞄から「思い出花火」というパッケージ名が書かれた花火セットを取り出す。
この為にお盆休み、俺はわざわざ実家に戻って来た。最近帰省していなかったけど仕方ない。都内で花火を許されている所は少ないし、それよりも1人で花火をやるのは勇気がいる。
父と母には「2人で夕飯でも食べてきなよ」とお金を渡して追い出した。
「うわー……花火なんて久しぶりだ」
庭に出ると夏の夜特有の蒸し暑さが俺を襲う。ジーっという低い虫の声が聞こえる以外、音はない。額の汗を拭いながらバケツに水を入れる。花火のセットに付いて来た蝋燭にライターで火を点けた。
花火を手にした俺は懐かしい高揚感に駆られた。子供の時、花火を見てワクワクした日々を思い出す。こんな俺でも童心に帰れるんだと素直に感動する。
俺はすすき花火に火を点けた。
「おー!」
火が灯ると自然と声が上がった。淡い赤色の閃光が暗闇に映える。シューっという音と共に前方に光を飛ばした。
「……ただの花火じゃねえか」
俺が花火を見ながらため息を吐いた時だった。
「みてみて!色が変わった!」
急に子供の声が聞こえてきて俺は肩を揺らした。煙の先に居た子供を見て目を見開く。危うく花火を落とすところだった。
「……たっちゃん?」
目の前に白いタンクトップに半ズボン姿の男の子……。たっちゃんがいた。
「何変な顔してんだよ!まさか、ビビってんじゃないだろうな?」
悪ガキのような、片頬を上げた笑みに俺もつられて笑う。
「ビビってるわけねえだろ」
懐かしさに俺は胸がいっぱいになる。たっちゃんは小学生の時仲が良かった友達だ。今はどこで何をしているのか分からない。
社会人になってから他者との関りがすっかり希薄になってしまった。単純に面倒なのだ。連絡を取ろうと思うほどの元気もないし、勇気もない。だからこうやって過去の、楽しかった思い出の中で再会できるのはありがたかった。
「ほら!俺なんかこんなことできるんだから!」
そう言って手持ち花火を振り回す。
この光景……覚えてる。俺は当時と同じ言葉を返した。
「危ないからやめろって!」
その言葉にたっちゃんはにやりと笑う。その光景は過去に起こったこと、そのものだった。
「なあ……たっちゃん。どこにいんだよ?元気でやってるのか?」
「お前ってばやっぱビビり!」
俺が話しかけても脈絡のない返事をする。どうやらこの花火。過去をそのまま見せているだけのようだ。俺は悔しさのあまり歯を食いしばる。
「俺さ。引っ越すんだよ」
たっちゃんのしんみりとした声に俺はハッと顔を上げる。
「でもさ。俺達はずっと友達だ!じじいになっても!」
その言葉と満面の笑顔を見て、俺は表情を緩めた。同時に胸が苦しくなる。
今となってはもう声を聞くことも会うこともない。それでも目の前にいるたっちゃんは笑顔で友達だと言ってくれる。
嬉しいのやら悲しいのやら……。
でも、会えてよかった。たっちゃんと自転車を乗り回し、悪ガキだった日々はずっと忘れない。
「俺がいなくても好きなこと、堂々とやるんだぞ!」
一瞬、たっちゃんの言う『好きなこと』が思い出せなかったが、笑顔を作ると大きく頷いた。
「うん。分かった。ありがとう……。友達でいてくれて」
すすき花火の火が消えると同時に笑顔のたっちゃんも消えていく。まるで花火の煙みたいだ。
残されたのは黒こげの手持ち花火だけだった。
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