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5.打ち上げ花火
「あんた、庭で何やってんのよ」
暗闇に包まれた庭に部屋の明かりがこぼれる。母が窓の前で仁王立ちしていた。少し後ろで父が「何事だ?」という表情を浮かべている。
「ああ……ちょっと花火をね!」
俺は慌てて線香花火をバケツに放り投げる。鼻声を誤魔化すようにわざと明るい口調で言った。
「花火?子供じゃあるまいし」
案の定、母親に文句を言われる。まあ、いい歳した大人が1人で花火やってたらそういう反応になるわな……。俺は痛い視線を受け止める。後から父親が「いいじゃないか夏っぽくて!」とフォローしてくれた。
「そうだ。2人とも……。その……ありがとう」
俺は夜空を見上げながら言った。やっぱり視線を合わせて言うのは照れくさい。だけど勇気を振り絞って言葉にした。多分、変な奴だと思われただろうけど構わない。今この瞬間は2度と訪れない、かけがえのない時だと思ったら言わずにはいられなかった。
「何のこと?」
「だから……その……色々、今までお世話になりました」
俺がしどろもどろ答えるのを見て母は大きなため息を吐いた。
「どうしたのよ突然。暑くて頭でも可笑しくなった?」
折角感謝を伝えたのに酷い言われようだ。俺は思わず可笑しくなって吹きだした。俺の笑いにつられて母も笑いだす。
「まあまあ。母さんそんなこと言ってやるな。その言葉、有難く受け取っておくよ」
父親も笑みを浮かべ、俺の感謝の言葉を素直に受け取ってくれる。
突然、背後でドンッという大きな音がした。
体全体を振動させ、魂さえ揺さぶるような音。振り返って空を見上げる。俺の瞳に眩い黄色の花が映し出された。
その瞬間、俺は思い出す。父に肩車され屋台を歩いた光景を。隣には母がいて、俺が買った食べ物やお面を持っていた。
「あら!綺麗。打ち上げ花火ね」
「そう言えば隣町で花火大会やってるみたいだな。昔は家族でよく行ったっけなー」
俺は次々に打ち上げられていく花火を見上げた。赤、黄色、青、オレンジ、緑……。暗闇に浮かぶ様々な色の閃光に見惚れる。
思い出は花火と共に記憶に残る。花火を見るたびに思い出し、俺の心を明るく照らす。暗闇が濃いほど花火は美しく見える。だから俺は再び歩き出すことができるのだ。
思い出は花火のように儚い。だからこそ今を大切にしようと思える。2度と訪れない今、この瞬間を。
花火と共にお盆休みを終えた後。日常に戻った俺はもう一度『思い出花火』をネットショップで探した。不思議なことに商品を見つけることができなかった。メールの履歴も見当たらない。花火のように消えてしまったのだ。高評価のレビューでも書いておいてやろうと思ったのに。残念だ。
『思い出花火』の代わりに俺は普通の花火セットをネットショップで購入した。これから紡がれるであろう、新たな思い出に心躍る。
ついでに画材セットも購入した。久しぶりに絵を描いてみるのもいいかもしれないと思ったからだ。
描くとしたらそうだな……あの日見た花火を描こう。
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