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次の日
曽根崎くんの病室を探しに行った。
4階に行くと、病室のネームプレートを一つ一つ確かめながら歩く。
「あっ。あった。」
病室の中を覗くと、カーテンの向こうから声が聞こえてきた。
「優(ゆう)、おばさんに頼まれた着替え持って来たよ。」
「紗季(さき)、俺の名前はゆうじゃなくて、まさるって何度も言ってるだろ!」
「いいでしょ。もう!感謝の言葉は無いの?」
「はぁぁ・・・、ありがとう」
曽根崎くんはため息をつくと、興味無さそうに棒読みに答えた。
「気持ちがこもってない!」
二人の会話を立ち聞きしていると、急に、勝手に来たことが恥ずかしくなった。
私がここに来たことを、曽根崎くんに知られてはいけないのかもしれない。
一刻も早く、この場を立ち去ろうと思った。
カラカラと音を残しながら、自分の病室へと戻って行った。
それから数日後
私が検査に行っていて病室にいなかった時に、曽根崎くんが来たらしい。
『今夜1階ロビーで待っている。 曽根崎』と書いてあるメモが置いてあったのだ。
病室を抜け出すと、また西村さんに怒られそうだなと思った。
なのに、私はクスクスと笑っていた。
そう言えば、この前、曽根崎くんの病室にいた女の人は、曽根崎くんとどういう関係の人なのだろうか。私と会って良いのか考えてしまう。
でも、行かないと何時間も待たせてしまうのかな。
そして、もう一度メモを読んだ。
あれ?何時に行けばいいのか書いて無い?
いろいろと考えて迷ったけれど、今夜、1階ロビーに行ってみることにした。
夜になって1階ロビーに行くと、曽根崎くんが先に来て、長椅子に座って待っていた。
近くまで来ると、曽根崎くんが私に気が付いた。
「ごめんな、呼び出したりして・・・。」
「ううん、どうしたの?」
私は、隣に座った。
「明日、退院するんだ。」
「そうなんだ。おめでとう」
曽根崎くんの足を見ると、ギブスが取れていた。
「ありがとう。でも、退院してもリハビリで来るから、見舞いに来てやるよ。どうせ暇だろ?」
退院するから浮かれているのか、笑いながら話す曽根崎くんに、私は少しムッとした。
「ひどい!暇じゃないもん」
「永瀬はいつ退院するんだ?」
「私は、まだ先かな。来週手術するから・・・」
「そっか・・・。聞いてもいいのかな。」
「うん、なに?」
「何の病気なのか、教えてくれる?」
「あ、言ってなかったね。私は心臓が悪いの。」
そう言ったら、曽根崎くんは驚いた顔をした。
「そう・なのか・・・心臓の病気か・・・」
心臓と聞いた曽根崎くんは、動揺していた。
「そんな深刻な顔しないでよ。心臓は生まれた時から悪いんだ。
だから、何回も手術しているんだ。嘘じゃないよ。ほら見る?」
曾根崎くんに手術あとを見せようと、私はパジャマのボタンに手を伸ばした。
「やめろ。それはお前が生きるために戦った、勝利のしるしだろ。簡単に見せるな。」
「勝利のしるし・・・、へぇー。」
「なんだよ」
「そう言われたの初めてだから・・・うん。なんか嬉しい。」
曽根崎くんが言った言葉は、泣いてしまいそうなくらい、嬉しい言葉だった。
そして、私は涙を見せないように、曽根崎くんに向けて笑った。
「手術すれは治るんだろ?」
「そのはずなんだけどね。難しいみたい。」
「そっか、心臓だもんな」
「うん。私の病気のことで、家族に迷惑かけているから、手術をしたくないとは言えなくて。手術をして治るのならなおしたい。でも、もしも死んでしまったらと思うと怖い。」
「その・・・、病気なのに、どうして永瀬はいつも笑っているんだ?」
「泣いたって、病気が治るわけではないでしょ。だったら、笑っているほうがいい。」
一人でたくさん泣いた。どれだけ泣いても、涙は枯れることはなかった。
家族と別れることになっても、思い出す顔は笑顔が良いと思ったからだ。
「永瀬は強いな。俺、前にダサイって言われて、正直ショックだったけど、やっぱ、俺ダサイな。」
「ううん、そんなことないよ。サッカー選手になる夢、実現するといいね。」
「うん。永瀬の将来の夢はなんなの?」
「夢は未来がある人が持つものだよ。私には無いよ」
私に未来など無いと思っていた。
「そんなこと言うなよ!」
「やっぱり手術はしたくないよ・・・。いろんな所に行ってみたい。楽しいことも、いっぱいしたい。何もしてないのに・・・」
「じゃあさ、約束しよう。永瀬は夢を見つけること。俺は骨折を治して、絶対レギュラーに戻るから、そしたらサッカーの試合、見に来いよ。」
「無理だよ。約束なんか出来ないよ。」
明日、どうなるかもわからないこの体に、将来の夢を見ることは無かった。
「おい!何言ってんだ。お前があきらめてどうする」
「だって・・・」
私は、今を生きているだけで良かった。
「最悪、幽霊でも良いから・・・。あ、ダメだ。俺には霊感が無から、幽霊だと見えない。だから、手術は絶対成功して、試合を見に来るんだ。」
「最初に会ったとき、私のこと幽霊と間違えたよね」
曽根崎くんに会うまでは、生きることを諦めてしまいそうで不安だった。
つらい顔をしているよりも、つくり笑いでも笑っていれば、その場を取り繕うことが出来た。
でも、今は心から笑うことが出来る。
「ほら、ゆびきりするぞ!」
「え!ちょっと待って・・・」
曽根崎くんに手を取られて、頬が熱くなる。
私と曽根崎くんは、小指を絡ませて指切りをした。
ゆびきりげんまんうそついたらはりせんぼんのます。ゆびきった。
私が生きていたことを忘れられるのは、嫌だな。
世界中で一人でも私のことを覚えている人がいればいいな。
そうしたら、私はまだ、ここにいるよ。って言うの。
ねぇ、聞こえる?
この心臓の音が
今、生きているって言っているよ。
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