月の優しい光は、とわの夢を見ていた

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昼間どんなに明るく振る舞っていても、夜の病院は、気持ちが落ち込む。 暗闇が怖いわけでは無いのだけれど、少しずつ体温が奪われてゆく。 今まで、たくさんの命の炎が、消えていくのを見てきてしまったからだ。 ああ、また眠れない。 目が覚めてしまった。少し散歩をしよう。 看護婦さんに見つからないように、そっと病室を抜け出した。 薄暗い廊下を点滴袋をぶら下げて歩くと、カラカラと音をたてた。 廊下の窓から入る月明りが、私の影を落とす。 小さな声で鼻歌を歌いながら歩いていると、エレベーターの前まで来た。 今日は上か下、どっちに行こうかと考える。 よし、決めた。 上と下のボタンを両方押して、先に来たほうに乗ろうと決めた。 ボタンを押すとデジタルの数字が動き出す。 しばらく待っていると、下へ行くエレベーターが先に来た。 エレベーターに乗り、1階のボタンを押す。 扉が閉まると降りていく。1階に着くと扉が開いて下りた。 夜間救急外来は照明がついて明かるかったが、ロビーは仄暗く静かだった。 ロビーの方へ歩いて行くと、長いすに一人の男の子が座っているのが見えた。 音を立てずに、そっと近づいてみると、男の子は泣いていた。 「うわっ。幽霊!!」 男の子は驚いて、大きな声を出した。 「幽霊じゃない!ちゃんと足がある。」 私は、男の子の前に立って足を見せた。 「ホントだ、足がある。ったく、ビックリさせるなよ。こんな時間に、お前なにしているんだよ」 「お前じゃない!私は永瀬とわ。あんたこそ泣いていたじゃないの」 「あんたじゃない!俺は曽根崎優(まさる)だ。泣いてなんかいない。」 曽根崎くんは濡れた頬を、手でぬぐってごまかした。 「ねぇ。私、病人なんだけど、隣座っても良い?」 「見てわかるわ!パジャマ着て点滴した人が、見舞いに来るかよ!てか、さっさと座れ!」 「ありがとう」 私は、よいしょ、と言って隣に座った。 「点滴しながら歩くなよ。転んだら危ないだろ」 「大丈夫、大丈夫。私慣れているから。で、なんで泣いていたの?」 「・・・言いたくない。」 「私、口は堅いから誰にも言わないよ。」 私は、人差し指をくちびるに当てて、ニッコリ笑った。 「・・・病室に戻る。」 「えー、置いて行かないでよ~」 「置いて行くもなにも、俺の足、骨折しているんだけど・・・」 「あはは。私も病人だよ。」 私は、曽根崎くんの足をギブスの上から叩いて笑った。 「そういうこと、笑いながら言うなよ。」 曽根崎くんは、あきれた顔で私を見ていたが、しばらくすると一緒に笑った。 「俺さ、将来サッカー選手になるのが夢なんだ。やっとレギュラーになれたのに、骨折してサッカー出来ないなんて悔しいよ。みんなが上手くなってると思うと、焦ってきて、じっとしていられなくて、イライラしてたんだ・・・」 「そんなことで泣いていたんだ。ダッサ」 「なっ・・・。言うんじゃなかった。」 「だって、骨折が治ったら、毎日サッカー出来るんでしょ?」 「まぁ、そうだけどさ・・。」 「じゃあさ、イライラしないこと、すれば良いじゃん」 「例えばどんなことだよ?」 「うーん・・・。例えば、好きなサッカーのDVDを見る、とか?」 私は考えてみるけれど、男の子が好きなことなんて、わからなかった。 「あっ。俺、サッカー出来ないからサッカーのこと考えないようにして、夏休みの宿題していたんだよ。」 「ん?どういうこと?」 「勉強なんかしてたから、イライラしたってことか・・・」 「あはは。宿題はやらなきゃダメだよ。」 「やっぱ、体を動かせないのが、一番つらいかな」 「骨折だもんね・・・。痛かった?」 「まじ超、痛かった。でも、今は平気。永瀬は何の病気・・・」 そこへ、一人の看護婦さんが近づいてきた。 「とわちゃん。また、病室抜け出して、探したわよ。」 「うわっ、健人のおばさん」 まずい、見つかっちゃった。 「病院では『西村さん』と呼んでって言ったでしょ。 あら、デートの邪魔しちゃった?」 「違います!」 「違うよ!」 二人は同時に言った。 「またって・・・お前、病室抜け出す常習犯なのか?」 「それなら曽根崎くんは、共犯者だよ」 「なに~~~」 「はいはい、大きな声出さない。病室に戻りますよ」 「君、名前は?」 看護婦の西村さんが聞く。 「曽根崎です」 「曽根崎くん、歩ける?手伝おうか」 「一人で歩けます。」 「西村さーん、私には聞いてくれないの?」 私は、足をバタバタして聞く。 「とわちゃんは、一人で歩けるでしょ。」 「えーーーーー。」 西村さんは私を無視して、曽根崎くんに話かけた。 「曽根崎くん、何年生?」 「5年です」 「うそ、私と同じ学年だったの?」 曽根崎くん、私と同じ学年だったんだ。 「あら、そうなんだ。とわちゃん良かったじゃない」 ん?何が良かった、なの? 気がつくと、私を置いて西村さんと曽根崎くんが、エレベーターの方に歩いていた。やだ、何で置いて行くの。 私も後を追いかけた。 曽根崎くんは、一人で歩けると言っただけあって、松葉杖で上手に歩いていた。 「すごい。曽根崎くん、上手に歩いている」 「これくらい、歩ける。俺のことバカにして言ってるのか?」 「バカになんてしてないよ。すごいなって見てたの。ね、西村さん」 私は、西村さんに顔を向けて言った。 「とわちゃん、ちゃんと前見て歩いて。」 「はーい」 エレベーターに乗ると、西村さんが3階のボタンを押した。 「曽根崎くんは何階?」 「4階です」 曽根崎くんの病室は、私の病室より一つ上の階だった。 私と西村さんが、先にエレベーターを降りると「おやすみなさい」と言って別れた。
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