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「トモ、どこいくの? ご飯は?」
上がり框に腰掛けて少々格闘していたものの、おろしたてのスニーカーは思ったより固くて靴紐を結びにくかった。洗濯といい朝の掃除といい、もうちょっと手早く済ませていたらこんな寝ぼけて間延びした声を聞かされることも無かったのに。ほぞを噛むとはこのことだ。
「いいだろどこだって。夕飯まで食ってくるから」
ぺたぺたとした足音の主を振り返る。重たげな瞼を擦っていた千穂姉さんは俺の態度に低く唸った。ただでさえ小柄な上に、寝間着代わりの着古したTシャツ姿だからちっとも怖くないけれど。パンツが裾からちらついてるのによく堂々と凄めるものだ。無論、嬉しくもなんともない。俺が洗って干してるんだから。
「ひど、ショクムタイマン! いたいけな姉を見捨てるのか、あたし一人で狩れるわけないだろ~」
高校生の身で、俺はいつから何の職務に励んでいたのか。幼気、そして姉という言葉を辞書で引いてみるべきだ。自分から意気揚々と買ったゲームで何故に俺に頼り切るのか。毛羽立ったカラスみたいなぼさぼさ頭で起きてきて真っ先に言い出すことがそれなのか。汲めども汲めどもキリが無い突っ込みを無理矢理潰して溜息に押し込む。両手をぶらぶらと振り回す姉さんに俺は目つきを尖らせてしまった。
「飯は冷蔵庫、チンして。洗濯干しといた。取り込むくらいはやって」
それだけ突きつけ靴紐を結びきる。背を向けてみても姉さんの不服っぷりは伝わってきた。それはもうあからさまに、少し露骨過ぎるくらいに。にわかに重たくなった腰を俺はすぐさま持ち上げた。立ち上がれなくなる前に。
「いい加減、弟離れしたら?」
姉さんと目を合わせないようにして、俺はそのまま玄関を出て行った。後ろ手に荒っぽく閉めたドアがバタンと嫌な音を立て、俺から姉さんを切り離す。
「行ってらっしゃい、がんば」
ほんの微かな囁きは、俺には聞こえやしなかった。姉さんの浮かべた表情なんて勿論見えやしなかった。
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