わたしたちのにちじょう

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わたしたちのにちじょう

 蝉の声が未だ止まない午後七時――ソファにて二人で一服する。ちょうど今、食後のアイスを終えたところだ。  五時半頃に仕事からほぼ同時に帰宅。一斉に家事に取りかかる。夕食も自炊し、食べ終わったらいつもこんな時間になった。  グルメ動画を再生しながら、満足しきらないお腹の声を代弁する。 「ねぇ柚、アイスもう一本食べちゃ駄目?」 「駄目。アイスは一日一本まで」 「チョコ味食べたかったけどやっぱ駄目か~! 了解です!」  柚の一刀両断にも慣れたものだ。二十歳の時から、四年も共に暮らしていれば当然だろう。  アイスの欲望を、明日へと預ける。狭い部屋は、クーラーの働きによりすっかり天国だった。これがサウナの中ならば、我慢なんて絶対にできない。軽く十本くらいは食べてしまうだろう。  そう、私は美味しいものが好きだ。いや、食に限らず、心を満たしてくれるものが好きである。  私は動画へ、柚は物語の世界へ。各々戻りかけたところで、ふと思い立つ。 「ねぇねぇ、この間録画した映画見ちゃおうよ!」 「え、あれ全部で六時間あるんだよ。やめとこうよ」  肩に寄りかかり誘うが、指先も視線も本と繋がったままだ。ページが捲られる瞬間が目を掠め、よく読みながら返事ができるな~と感心した。  柚は能力者並みに凄い人材なのだ。私から見てだけど。  嘗て友人にそのまま話したら『態度冷たくない?』と言われた。逆に驚いたが。 「シリーズ全部は見ないよ~! 最初の一個だけ! それなら十時までに寝れるでしょ?」  我が家では、ベッドに入る時間が決まっている。噂のゴールデンタイム様に肖るため、午後十時には消灯がルールだ。  嘗ては真夜中と友人だった為、最初は覚醒と大乱闘したものだ。今では、睡魔が迎えに来てくれるまでに昇格したが。 「涼海(すずみ)絶対全部見たいって言うよ。だから予定通り明日にしようよ」  明日は柚も私も公休日だ。ゆえに、彼女の言う通り、あらかじめ予定には組み込んである。しかし、気になっていた作品と言うこともあり、前倒しで味わいたくなった。 「そうなんだけどさ~」 「とりあずシャワー浴びてきなよ」  推奨され、逃げるように反対へ体を伸ばす。肘掛けへ落ちそうになり、自然と柚の方へ戻った。  手早く済ませるタイプの柚は、既に甘い香りを漂わせている。同じ物を使っていても、魅惑的な香りがするから不思議だ。 「クーラーの部屋から出たくないから、もうちょい後!」 「それ浴びないで寝ちゃうやつ……」  小さな突っ込みを皮切りに、再び各々の世界に戻る。この心地よい一時は、私たちの日常で幸福だ。    私と柚は幼馴染みである。施設がスーパーしかない田舎で、彼女は良い遊び相手だった。  性格は真反対だが、不思議と心惹かれたし、喧嘩はあっても嫌いになったことはなかった。  二十歳になり、祖母の病気が発覚した。療養のため都会に移る話が出て、共に行く気でいた。だが、直前になって取り止めた。理由はシンプル、柚と離れたくないから――それだけだった。両親には、加えて地元愛を主張したが。  そんなこんなで柚のアパートに転がり込み、同棲が始まった。まだ誰にも話してはいないが、私たちは恋人同士だ。    動画の感想を、報告しながら時間を味わう。小さくとも相槌があると、画面越しの料理が引き立って見えた。  それから数十分――まさか悲劇が起こるなんて、私たちは知らなかった。
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