とつぜんのひげきから

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とつぜんのひげきから

 蝉の声が薄れていく午後八時――次の動画を漁っていると、突然クーラーが鳴き出した。まるで怒りを吐くかのように、強く長い息を吐いている。 「クーラー急にすごいんだけど。暑すぎやろーって言ってんのかな」 「仕事させすぎって怒ってるんじゃない?」  そんな茶番が零れるほど、今日は暑かった。熱帯夜となるのは必然だろう。だが、この社畜がいる限り、怖れることはない。  意思でも読まれたのだろうか。クーラーは一層の怒声を放ち、煮えくり返っているのかゴトゴト鳴きだした。  そして、プツンと切れた。 「え」  突然無音と化し、唖然とする。リモコンのボタンをフルコンボしてみたが反応は皆無だ。起立し様々な角度から責めてもみたが、ピッともシューとも言ってくれない。瞬間、完全なる故障を悟った。  ただ、驚きはしたが私たちが焦ることはない。なぜなら。 「突然すぎてびっくりー。でもなんと! ご近所が電気屋ってミラクルがあるもんねー!」 「電話するね」  二手以上先を言っていた柚が、スマホに耳を預ける。すぐにやり取りが始まるかと思いきや、口は開かれなかった。それどころか、無言のまま切ってしまった。 「え、出ない感じ?」 「うん。そう言えばこの間一泊してくる的なこと言ってたかも。それ、今日だったみたい」  それどころか、冷静を越えた静けさで加えられる。瞬間、ことの重大さが体当たりしてきた。 「えー! 嘘でしょ!? これどうすんの!?」  我が家はワンルームタイプのアパートである。いわゆる、この部屋にしかクーラーがなかった。しかも、よりによって広さはある物件ゆえ、冷気の逃げ出す速度は半端ない。 「あ~直らないと思ったら急に暑くなってきた~! 暑いよ暑いよ~! こんなんじゃ何もできないよ~!」  隣の柚も無言ではあるが、熱気を滲ませていた。しかし、声には出さず冷静に窓を開ける。だが、即刻閉めていた。外の風が相当暑かったらしい。 「……室内の冷気が消えたら開けるね」 「うう、死までのカウントダウンみたい……」  表現が難しすぎたのか、相変わらず柚は無言だ。成す統べなくソファに尻を落とす。力なく空を仰いだ先、柚の顔が現れた。 「じゃあ、とりあえず今日だけアイス食べる? 緊急事態だし」 「いいの!? 食べたい!」  特別なお許しに、最悪だった気分が逆を向いた。どうやら柚は対策を練っていたらしい。さすが柚だ。やはり百歩くらい先を歩いている。  アイスを迎えに行く背を眺め、つい声つきで笑ってしまった。
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