1人が本棚に入れています
本棚に追加
入浴を終えた頃には、十一時を回っていた。眠くもなるはずだ、と目を擦る。お茶のお代わりを手に、二人して最初の配置へと戻った。一時的にクールダウンした体が、眠気によって再び熱を持ち出す。
「涼海、結構限界でしょ。これ飲んだら寝ようか」
グラスを傾けながら、柚が終わりへと誘ってきた。しかし、まだ眠りたくないとの意地が働き、特別な出来事を探す。ギブアップした頭の代わり、瞳が見つけたのはDVDデッキだった。
「あっ、映画見ようよ映画!」
「え、六時間? 涼海絶対寝るよ」
「寝ない!」
今夜は徹夜するぞ――そう心に決め、リモコンを取る。目配せで許可を求めると、小さな笑顔で大きく頷いてくれた。
再生準備の傍ら、柚が立ち上がる。スマホの充電を連想し、私の分も頼んだ。録画一覧から、お目当ての番組を探し出す。
私と柚は、番組の趣向も違った。ドラマにしても映画にしても、二択あれば逆を選ぶ。ゆえに、選択が被った時の喜びは大きかった。
「柚ーはじまるよー」
再生ボタンに力を込める。と同時に、テレビと私の間が阻まれた。そこに吊るされていたのは、二本のアイスだった。バニラ味とチョコ味がある。
「はい」
「えっ」
「特別。どっちがいい?」
思わぬサプライズに、指先が迷う。しかし、一個前と逆が良いとの結論に達した。
「こっち!」
数ある柚との美味しい記憶に、新たな一ページが加わった。それも、結構上位の方かもしれない。
肘掛けの向こう、扇風機が風を起こす。俳優の台詞が、段々形を失っていく。柚がCMを飛ばす時にだけ、少しだけ現実へ引っ張られた。
それを繰り返し、少しずつ少しずつ戻れなくなってゆく。体まで連れ去られ頭が前に落ちかけた時、頬へ冷たい刺激が伝った。
ハッと目を覚ます。宛てがわれていたのは氷枕だった。私を驚かせた刺激が、すぐに心地よいものへと変わる。
柚は水枕を自分の腿へと移動させた。タップ二回で誘導され、吸われるように従う。頭から伝わる冷気は、身体中の熱を優しく緩和した。朧気な過去の感覚が蘇る。
「ひんやりして気持ちいい~」
「懐かしくなるでしょ」
「うん。熱出した時、必ず持ってきてくれたよね」
そう言えば、もうすっかり出さなくなったよね――言おうとしたが、声が勝手に役目を放棄した。
気付けば俳優の声は溶け、どこかへと消えていった。
最初のコメントを投稿しよう!