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グローバルスポーツ出版(株)は出版大手S学館の子会社でスポーツ関連雑誌界隈では最大手。スノマガ以外にも野球やサッカーやゴルフ等々、国内での人気スポーツの月刊雑誌を発行している。
「私ね。会社辞めようと思ってるの」
「え」
「世の中の流れって変えられないわよね。親会社が不採算部門の整理再構築をせっせとやってるとこなの」
「リストラってやつですか」
「そうそう」
この頃はもう世間の大多数の人々が気軽にインターネットを掌に収めていた。
携帯電話、パソコン、タブレット、スマートフォン、様々な情報端末から世界中のメディアへアクセス出来る。
紙の本はもちろん新聞ですらどんどん売れなくなり、剰えバブル期に絶頂だったスキー熱、90年代後半から爆発したスノーボード熱も下火下火になっていた。スノマガの売上が右肩下がりに低迷していたのも『自然の流れ』だったんだろう。
「廃刊⋯⋯」
「紙媒体はね。母体は一応大手だからネット配信で名前だけは残すんだけど人員も予算も極限まで削られて⋯⋯碌に取材にも行けないのが現実。今は海外のゲレンデの様子もデータでやって来るから、せいぜい翻訳者がいれば事足りるって考えなのよ上は」
「でも今日は」
「自腹よ自腹! 私顔だけは広いの。伝手でマスコミ席に捩じ込んでやったわ」
忌々しげなのにどこか清々したような口振りが面白い人だ。
いや面白がってる場合か。スノマガが廃刊になったら……それでなくとも日本では扱いが小さいスノボの、ライダー達の未来はどうなるんだ⋯⋯
「喜多川くん、日本なんて脱出しない? 私と一緒に」
「⋯⋯⋯⋯」
「キミ、五輪メダリストだよ? それも二大会連続の。ちょっと調べさせて貰ったけど、二年ごとにスポンサーと契約更新してるよね? それってキミ自身ちゃんと納得してる? 交渉してる? 言われたまんまにサインしてない?」
「それは⋯⋯」
「日本はスポーツ後進国なの。一人のアスリートを一生食べさせられるだけのアピールをしてくれるエージェントもいないに等しいの。キミの才能も功績も使い捨てにされていいものじゃない。少なくとも私はもっとキミをアピール出来る。キミの価値を評価してくれる国で」
「でも⋯⋯でも⋯⋯JS航空もNスポーツもずっと後援してくれたし、勝手に海外に行ったりしたら」
「だからよ。今ついてくれてる有力スポンサーをキッチリ維持しつつ、新しい海外の資本を手に入れるの。キミなら売り方次第でちゃんとやって行ける!」
ハタチになったばかりの俺にはヨーコさんが何を言っているのか今ひとつピンと来なかった。狐につままれたような心地だった。
でも─────
俺の抱えていた漠然とした不安や不満が整列して迫って来るようではあった。
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