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ヨーコさんが見せてくれる世界はとても新鮮に映った。
食べたことがないご馳走を並べてくれたり。お洒落な服や靴、髪型。何から何までコーディネートされて舞い上がった。
戸惑いながらもグイグイ引っ張られる事に安心していた。
実はちょっぴりほんのり好きだった。
俺よりひと回り年上のさつきさんよりまだ少し年上だけど、“おばちゃん”でも “おばあちゃん”でもない自分に良くしてくれる女性には出会ったこともなかったし、あとたぶん賢い人も好きだから。
「中谷さん、なんでこんなに色々してくれんの?」
「キミ、才能も実績も申し分ない上にイケメンだもん。勿体ないじゃない」
「実は俺のこと好きだったりしてー♡」
「⋯⋯⋯⋯は?」
眼鏡の奥の冷たい目差しに俺は凍った。極寒地獄かと思った。
「しょうもない。そんな一文にもならない色気出してるヒマがあるなら作り笑いの一つでも練習しなさいよ。大事な人に会うんだから失礼な態度は許さないわよ」
「だ、大事な人⋯⋯」
「いくつかオーディションとカメラテスト受けて貰うわ」
「お、オーディション⋯⋯カメラテスト⋯⋯」
「私にとってもフリーになる足掛かりなの。悪いようにはしないし後悔もさせないから協力しなさい。私のビジネスパートナーとして恥ずかしくない振る舞いをしなさい」
海外に出ても所詮俺は田舎者。
こんなシャキシャキしたマスコミ関係者の都会の匂いのする大人の女性に、しかも右も左も言葉も殆ど通じない外国で凄まれたら逆らえる訳がない。
「背筋伸ばして! 口角上げて! 何の為にイケメンに生まれて来たの!」
「はいぃっ!」
「⋯⋯イケメンの自覚はあるのね」
「チョットダケ⋯⋯」
「ならその顔面が映える角度、スタイルを追求しなさい。カタコトで細かいニュアンスが理解出来なくてもヘラヘラ安っぽく笑って流さないのよ。発言の一つ一つにビジネスチャンスがあると捉えて逃げない! 怯まない!」
淡い恋は瞬殺だったけれど。
『ビジネスパートナー』と言うフレーズは自分でも驚くほど胸に響いた。
あとコレのお陰で語学力は飛躍的に上がったな。我ながら。
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